漫画・小説・演劇・ドラマ、ジャンルも媒体も男も女も関係なく、腐った可愛そうな頭の人間が雑多に書き散らすネタ帳です。 ていうかあれだ。サイトに載せる前の繋ぎみたいな。
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『テッメェ、ソケットにプラグ突っ込んでんじゃねえんだ! もう少しこっちの身にもなりやがれこの顔だけ男ォ!』
セックスとは、うずまきナルトにとって痛みと疲労感と終わった後のなんともいえない居心地の悪さを伴う行為である。
何故か。理由なんて『受け身は辛い』の一言に尽きる。
遺伝子レベルならば、常染色体二十二対プラス性染色体XYの計二十三対四十六本を持つであろう彼は、そう『彼』は、生物学上紛れもなく男である。
もう一度言おう。男である。
つまり彼のいう『受け身』とは、なんのことはない。本来挿入すべきでないケツ穴に大人の小さい玩具だったり大きい玩具だったり一物だったりを突っ込む身、という意味である。
そして、そんな彼の『彼氏』は、元スリーマンセル仲間、元里の裏切り者、極度のブラザーコンプレックスと無駄に毛の生えた心臓を持つ、顔オンリーがいい仕事している、うちはサスケその人である。また、こいつはナルトの現在の頭痛の種でもあった。
「……サクラちゃん、俺、女の子とセックスしたい……」
草木も眠る丑三つ時、深夜に迷惑なことではあるが思わずもう一人の元スリーマンセルの紅一点、春野サクラにそんな電話をしてしまう程度には、参っていた。
電話を受けたサクラは、盛大にため息を吐き出す。
『女相手に勃起出来るわけ?』
「サクラちゃん知らなかったかもしれないけど、俺、男だってばよ」
『ああ、そうだったわね。いっつもサスケ君に突っ込まれてばっかりで女の子とは浮いた噂もないもんだから、てっきり去勢でもしたのかと思ったわ』
これは彼女の皮肉だろうか。
最早公然であるナルトとサスケのその関係に、最初の頃こそ『男同士なんて気持ち悪い』→『いい加減にしなさいよ』→『そんなんで将来どうすんの、里の少子化が進むわよ!』と猛反対だった彼女も、今では諦観している。どんなにやいやい言ったところで、ではサクラがナルトやサスケとセックスして子供を作れるのか、というと、答えは、ノー、だからだ。サクラには、別に年中睦言を吐き乳繰りあうリア充ほど甘ったるい関係ではないが、サイというれっきとした恋人が居る。別れてからならいざ知らず、今の状態で他の男と子作りとかそれはちょっと拙い。他愛ない戯れのキスはすれど、其処までだ。
『喧嘩でもしたわけ?』
「……別に、してねえってば」
『じゃあなんでいきなり浮気願望? しかも、女』
「うーんサクラちゃん、俺、別に男が好きだからサスケと恋人してるワケじゃないんだけど……」
『たまたま好きになったのがサスケ君でした、は聞き飽きたわよ。私が訊いてるのは、その好きになったサスケ君ほかってなんで女に走る気になったのかってこと。勘違いしないでね? いいと思うわよ、健康的で。もう子供作って幸せに暮らす方向で必死になれば? 少子化ストップに貢献しなさい、未来の火影サマ』
「うぅ……」
どうにも煮え切らないお返事に、そんじゃあアンタ、マジでただ女の子とセックスしたいだけなの? と訊いたサクラの耳に聞こえたのは、小さなイエス。
ありえねー。
『風俗行け』
「うっ」
『顔は良いから女の子達も悦んで腰振ってくれるんじゃない?』
「ううぅ」
『例えアンタが、彼氏に腹立てて誰でも良いから女の子抱きたいってサイッテーな考えだって、風俗にお勤めあそばされてる皆様は、表面上は快く喘いで下さると思うわ。オシゴトだから』
「……女の子をセックスの為に選ぶって、最低だって解ってるってばよ、捌け口にするのだって、最悪だって」
『だから、別に私はそれがいけないなんて言ってないでしょ。男なんだから、一発抜きたい時もあるんだろうし? ただね、こんな! 夜中に! 女友達に! セックス云々の会話するためだけにわざわざ電話するんじゃないって、わ、た、し、が! 怒ってるの!』
電話でセックスセックス言わない方が良いよ、とは、サクラの後ろから聞こえたサイの声で、出会った頃にはちんぽちんぽ五月蠅かった奴がよくもまあ成長したものだといっそ感心してしまう。
『ていうかあんた、私にそれを言ってどうするつもりだったの? 私、女の子の交友関係はアンタ以下よ』
「と……」
『と?』
「止めてもらおうと思って……」
ブツッ。
※※※
「お前、サクラに電話したんだってな?」
「……」
ブルータス、お前もか。否、むしろ、ブルータス、お前が、か!
ナルトはぼんやりと、この顔だけ男に最後に犯されたのは何時のことだったろうかと思い出す。つい四日前か。
「浮気がしたいって?」
「寄るなってばよ……」
「満足してねえってことだな?」
「人の話聞け、唐変木!」
うちはサスケがにじりよって来るのを、ナルトは睨み付けて威嚇する。
このイカレトンチキはどうにも、他人の話を聞こうとしない。大蛇丸の下で修行中に、羞恥心と自制心をどこかに棄ててきてしまったようだ。
『一発ヤらせてくれるなら戻ってやってもいいぜ』
戻って来い。そう懇願したナルトに突きつけられた最低野郎の言葉だった。螺旋丸を造って臨戦態勢をとっていたナルトの手から、一瞬渦が弱まった。
幻聴だと思った。しかも大分ヤバい類の。
『昔から、好きだったんだ……』
幻聴ではなかった。しかし、大分ヤバい類のものではあった。自分のアタマでなく、蛇、改め鷹(笑)のリーダー、うちはサスケのアタマが、だ。
……尤も、本当にヤバかったのは、その『一発ヤらせろ』をよしとしてしまった自身だろう。何故って、だって、ナルトはサスケが好きだった。今あのときの自分に会ったら、『止めておけ』否『止めてくれ、頼むから』と嘆願する。
「……もう、一発なんてとっくだろ!」
「だからなんだ」
「おーおー開き直りかこの野郎!」
「いつも喘いでるくせに何吼えてやがる」
「前立腺擦られりゃあそら喘ぎもするってばよ!」
別に、サスケが厭な訳じゃない。どころか、サクラに「たまたま好きになったのがサスケ君だなんて耳が腐り落ちるほど聞いた」といわしめる程度には好きだ。特に、顔が。好きでなければ滑った口だってもっと良識ある言葉を返しただろう。例えば、『死ね!』とか『変態!』とか。
少なくとも、わかった。なんて出なかった。
一発ヤらせろ、から始まった関係が、爛れていないわけがない。ナルトの言葉にあっさりと帰郷しやがったサスケには次に裏切れば七班総討ち首、という首輪が着けられた。眉を顰めた一瞬を除けば、サスケの態度は飄々としたものだった。
里は、サスケを赦さない。けれど、サスケには首輪が着いた。まだナルトを疎む者が居ないわけではないが、それでも英雄であり蛮勇の九尾を信頼するものは、多かった。
そんなわけで、サスケは晴れて飼い主つきで娑婆に出られた。
そしてそれはイコール二人の関係の始まりでもあった。
まあ、シリアスに討ち首だなんだとはいえ、頭の湧いた厨二病に果たして通じるわけもなく、要はもう大人しく飼われれば良いのだろう、と居丈高であったサスケは、それはもう意気揚々とナルトの元へ監視されに向かった。男のド頭が残念過ぎてオーバーヒートしかけたのは、ルーキー仲間だけではない筈だった。
話は逸れたが、では、何故ナルトが厭々しているのか、というと、それこそ話は簡単。
「ナルト……」
「……ッ、テッメェ、ソケットにプラグ突っ込んでんじゃねえんだ! もう少しこっちの身にもなりやがれこの顔だけ男ォ!」
うちはサスケは、ヘタだった。
セックスとは、うずまきナルトにとって痛みと疲労感と終わった後のなんともいえない居心地の悪さを伴う行為である。
何故か。理由なんて『受け身は辛い』の一言に尽きる。
遺伝子レベルならば、常染色体二十二対プラス性染色体XYの計二十三対四十六本を持つであろう彼は、そう『彼』は、生物学上紛れもなく男である。
もう一度言おう。男である。
つまり彼のいう『受け身』とは、なんのことはない。本来挿入すべきでないケツ穴に大人の小さい玩具だったり大きい玩具だったり一物だったりを突っ込む身、という意味である。
そして、そんな彼の『彼氏』は、元スリーマンセル仲間、元里の裏切り者、極度のブラザーコンプレックスと無駄に毛の生えた心臓を持つ、顔オンリーがいい仕事している、うちはサスケその人である。また、こいつはナルトの現在の頭痛の種でもあった。
「……サクラちゃん、俺、女の子とセックスしたい……」
草木も眠る丑三つ時、深夜に迷惑なことではあるが思わずもう一人の元スリーマンセルの紅一点、春野サクラにそんな電話をしてしまう程度には、参っていた。
電話を受けたサクラは、盛大にため息を吐き出す。
『女相手に勃起出来るわけ?』
「サクラちゃん知らなかったかもしれないけど、俺、男だってばよ」
『ああ、そうだったわね。いっつもサスケ君に突っ込まれてばっかりで女の子とは浮いた噂もないもんだから、てっきり去勢でもしたのかと思ったわ』
これは彼女の皮肉だろうか。
最早公然であるナルトとサスケのその関係に、最初の頃こそ『男同士なんて気持ち悪い』→『いい加減にしなさいよ』→『そんなんで将来どうすんの、里の少子化が進むわよ!』と猛反対だった彼女も、今では諦観している。どんなにやいやい言ったところで、ではサクラがナルトやサスケとセックスして子供を作れるのか、というと、答えは、ノー、だからだ。サクラには、別に年中睦言を吐き乳繰りあうリア充ほど甘ったるい関係ではないが、サイというれっきとした恋人が居る。別れてからならいざ知らず、今の状態で他の男と子作りとかそれはちょっと拙い。他愛ない戯れのキスはすれど、其処までだ。
『喧嘩でもしたわけ?』
「……別に、してねえってば」
『じゃあなんでいきなり浮気願望? しかも、女』
「うーんサクラちゃん、俺、別に男が好きだからサスケと恋人してるワケじゃないんだけど……」
『たまたま好きになったのがサスケ君でした、は聞き飽きたわよ。私が訊いてるのは、その好きになったサスケ君ほかってなんで女に走る気になったのかってこと。勘違いしないでね? いいと思うわよ、健康的で。もう子供作って幸せに暮らす方向で必死になれば? 少子化ストップに貢献しなさい、未来の火影サマ』
「うぅ……」
どうにも煮え切らないお返事に、そんじゃあアンタ、マジでただ女の子とセックスしたいだけなの? と訊いたサクラの耳に聞こえたのは、小さなイエス。
ありえねー。
『風俗行け』
「うっ」
『顔は良いから女の子達も悦んで腰振ってくれるんじゃない?』
「ううぅ」
『例えアンタが、彼氏に腹立てて誰でも良いから女の子抱きたいってサイッテーな考えだって、風俗にお勤めあそばされてる皆様は、表面上は快く喘いで下さると思うわ。オシゴトだから』
「……女の子をセックスの為に選ぶって、最低だって解ってるってばよ、捌け口にするのだって、最悪だって」
『だから、別に私はそれがいけないなんて言ってないでしょ。男なんだから、一発抜きたい時もあるんだろうし? ただね、こんな! 夜中に! 女友達に! セックス云々の会話するためだけにわざわざ電話するんじゃないって、わ、た、し、が! 怒ってるの!』
電話でセックスセックス言わない方が良いよ、とは、サクラの後ろから聞こえたサイの声で、出会った頃にはちんぽちんぽ五月蠅かった奴がよくもまあ成長したものだといっそ感心してしまう。
『ていうかあんた、私にそれを言ってどうするつもりだったの? 私、女の子の交友関係はアンタ以下よ』
「と……」
『と?』
「止めてもらおうと思って……」
ブツッ。
※※※
「お前、サクラに電話したんだってな?」
「……」
ブルータス、お前もか。否、むしろ、ブルータス、お前が、か!
ナルトはぼんやりと、この顔だけ男に最後に犯されたのは何時のことだったろうかと思い出す。つい四日前か。
「浮気がしたいって?」
「寄るなってばよ……」
「満足してねえってことだな?」
「人の話聞け、唐変木!」
うちはサスケがにじりよって来るのを、ナルトは睨み付けて威嚇する。
このイカレトンチキはどうにも、他人の話を聞こうとしない。大蛇丸の下で修行中に、羞恥心と自制心をどこかに棄ててきてしまったようだ。
『一発ヤらせてくれるなら戻ってやってもいいぜ』
戻って来い。そう懇願したナルトに突きつけられた最低野郎の言葉だった。螺旋丸を造って臨戦態勢をとっていたナルトの手から、一瞬渦が弱まった。
幻聴だと思った。しかも大分ヤバい類の。
『昔から、好きだったんだ……』
幻聴ではなかった。しかし、大分ヤバい類のものではあった。自分のアタマでなく、蛇、改め鷹(笑)のリーダー、うちはサスケのアタマが、だ。
……尤も、本当にヤバかったのは、その『一発ヤらせろ』をよしとしてしまった自身だろう。何故って、だって、ナルトはサスケが好きだった。今あのときの自分に会ったら、『止めておけ』否『止めてくれ、頼むから』と嘆願する。
「……もう、一発なんてとっくだろ!」
「だからなんだ」
「おーおー開き直りかこの野郎!」
「いつも喘いでるくせに何吼えてやがる」
「前立腺擦られりゃあそら喘ぎもするってばよ!」
別に、サスケが厭な訳じゃない。どころか、サクラに「たまたま好きになったのがサスケ君だなんて耳が腐り落ちるほど聞いた」といわしめる程度には好きだ。特に、顔が。好きでなければ滑った口だってもっと良識ある言葉を返しただろう。例えば、『死ね!』とか『変態!』とか。
少なくとも、わかった。なんて出なかった。
一発ヤらせろ、から始まった関係が、爛れていないわけがない。ナルトの言葉にあっさりと帰郷しやがったサスケには次に裏切れば七班総討ち首、という首輪が着けられた。眉を顰めた一瞬を除けば、サスケの態度は飄々としたものだった。
里は、サスケを赦さない。けれど、サスケには首輪が着いた。まだナルトを疎む者が居ないわけではないが、それでも英雄であり蛮勇の九尾を信頼するものは、多かった。
そんなわけで、サスケは晴れて飼い主つきで娑婆に出られた。
そしてそれはイコール二人の関係の始まりでもあった。
まあ、シリアスに討ち首だなんだとはいえ、頭の湧いた厨二病に果たして通じるわけもなく、要はもう大人しく飼われれば良いのだろう、と居丈高であったサスケは、それはもう意気揚々とナルトの元へ監視されに向かった。男のド頭が残念過ぎてオーバーヒートしかけたのは、ルーキー仲間だけではない筈だった。
話は逸れたが、では、何故ナルトが厭々しているのか、というと、それこそ話は簡単。
「ナルト……」
「……ッ、テッメェ、ソケットにプラグ突っ込んでんじゃねえんだ! もう少しこっちの身にもなりやがれこの顔だけ男ォ!」
うちはサスケは、ヘタだった。
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三十路過ぎたら、今手に入らないものが手に入ったりするのだろうか。
「二十九と三十には恐ろしい隔たりがあるのよね……」
元七班スリーマンセルのうち一番最後に歳を食うサクラは、一足先に三十路におなり遊ばせたサスケとナルトを交互に見やり、溜めた息をそれはもう盛大に吐き出した。
「まだ1ヶ月以上あるだろ」
「厭なカウントダウンしないでよ! ぅあー……こないだね、サイに歳の話したら『大丈夫、僕はどんなサクラでも好きだよ』って言われたの」
誕生日の話からいきなりノロケか。二十九歳乙女の思考回路についていけない。否、乙女オーラをバンバン出している彼女の思考回路に付いて行けたことは、正直下忍の頃から一度たりともありはしないのだが。
サクラが、呑んでいた日本酒を机上に置いた。
「それって! すっごい失礼じゃない?」
「ハアァ?」
思わず奏でたくもないハーモニーを奏でてしまったサスケとナルトは、疑問符を頭上に散りばめる。
どんな君でも好きだ。なんて、言われたら誰でも喜びそうなものじゃないか。
「意味がわからねえ……」
「うーん……」
「あのねー! どんな私でもいいなんて、そんなこと言われたらね、私は頑張るのが面倒になるの。綺麗な君が好き、って言われた方が嬉しいわ」
体質も手伝って乾燥気味の肌は、朝昼晩とどれだけ化粧水を叩き込んでも潤わない。特に目元! 口元! 頬! 寝不足は下瞼の隈さんとお友達になってしまうオプションのついた不摂生キーワード! シンデレラタイムにきっかり就寝、なんて、Sランク任務に就く身としては無理があるわけだ。それでもッ! 頑張ってることを評価して頂きたいとても! 任務から帰ったらどんなにドロドロ眠りたくても身綺麗にしてから床に着くようにしているし、たまの休みにはバッチリメイクにお洒落な洋服、マニキュアだって念入りに施す。例え翌日取ることになっても、だ。カモンキラキラ!
それを解ってなーい! と立腹するサクラの諸々は、残念ながらサスケもナルトも理解して差し上げられない……。どころか、遠い目でもってサクラの可哀想な恋人を思い出してしまう。
「あー、それでサイが『いまだにサクラは理解するのが難しいよ』ってぼやいてたんだ……」
「理不尽すぎるだろう」
男共に解って溜まるか! とっくりから手酌で注いだ日本酒を煽り、フン、と鼻息を荒げる。
ついでに言うなら、二十歳そこそこの女の子にだって、解、っ、て、た、ま、る、か、と思うサクラだ。
(え~春野先輩お肌綺麗じゃないですかぁ~)
アンタ達の肌が綺麗と私の肌が綺麗にはそれはもう残念なくらい差があるんだっつーの!
まだ、師匠のような(露骨な)アンチエイジングをする程ではないと思いたいけれど、実際お肌はボロッボロだ。朝起きて直ぐと帰宅して直ぐは鏡面を見るのが嫌になる。
でも、だからこそ。
「綺麗な私を見て欲しいじゃない……」
「サクラちゃん、酔ってるってばよ」
「珍しく、だな。……」
どんな私でも好きという言葉が嬉しくなかったわけじゃ、ない。サクラだって、どんなサイでも(好きかどうかは別にして)受け入れる。これは『と思う』でも『多分』でも、ましてや『かもしれない』なんてものでもない『絶対』だ。(それはもちろん、ナルトにもサスケにも同様に言えることでもあるのだけれど)だから、それがイコール自分に向けられることだってあると解っている。でも、不安にだって、なるのだ。
「厭気が差すわ」
三十路過ぎたら、今手に入らないものが手に入ったりするのだろうか。
その時、何をどの位喪って、私は立っているのだろうか。
(厭気が、差すわ)
「二十九と三十には恐ろしい隔たりがあるのよね……」
元七班スリーマンセルのうち一番最後に歳を食うサクラは、一足先に三十路におなり遊ばせたサスケとナルトを交互に見やり、溜めた息をそれはもう盛大に吐き出した。
「まだ1ヶ月以上あるだろ」
「厭なカウントダウンしないでよ! ぅあー……こないだね、サイに歳の話したら『大丈夫、僕はどんなサクラでも好きだよ』って言われたの」
誕生日の話からいきなりノロケか。二十九歳乙女の思考回路についていけない。否、乙女オーラをバンバン出している彼女の思考回路に付いて行けたことは、正直下忍の頃から一度たりともありはしないのだが。
サクラが、呑んでいた日本酒を机上に置いた。
「それって! すっごい失礼じゃない?」
「ハアァ?」
思わず奏でたくもないハーモニーを奏でてしまったサスケとナルトは、疑問符を頭上に散りばめる。
どんな君でも好きだ。なんて、言われたら誰でも喜びそうなものじゃないか。
「意味がわからねえ……」
「うーん……」
「あのねー! どんな私でもいいなんて、そんなこと言われたらね、私は頑張るのが面倒になるの。綺麗な君が好き、って言われた方が嬉しいわ」
体質も手伝って乾燥気味の肌は、朝昼晩とどれだけ化粧水を叩き込んでも潤わない。特に目元! 口元! 頬! 寝不足は下瞼の隈さんとお友達になってしまうオプションのついた不摂生キーワード! シンデレラタイムにきっかり就寝、なんて、Sランク任務に就く身としては無理があるわけだ。それでもッ! 頑張ってることを評価して頂きたいとても! 任務から帰ったらどんなにドロドロ眠りたくても身綺麗にしてから床に着くようにしているし、たまの休みにはバッチリメイクにお洒落な洋服、マニキュアだって念入りに施す。例え翌日取ることになっても、だ。カモンキラキラ!
それを解ってなーい! と立腹するサクラの諸々は、残念ながらサスケもナルトも理解して差し上げられない……。どころか、遠い目でもってサクラの可哀想な恋人を思い出してしまう。
「あー、それでサイが『いまだにサクラは理解するのが難しいよ』ってぼやいてたんだ……」
「理不尽すぎるだろう」
男共に解って溜まるか! とっくりから手酌で注いだ日本酒を煽り、フン、と鼻息を荒げる。
ついでに言うなら、二十歳そこそこの女の子にだって、解、っ、て、た、ま、る、か、と思うサクラだ。
(え~春野先輩お肌綺麗じゃないですかぁ~)
アンタ達の肌が綺麗と私の肌が綺麗にはそれはもう残念なくらい差があるんだっつーの!
まだ、師匠のような(露骨な)アンチエイジングをする程ではないと思いたいけれど、実際お肌はボロッボロだ。朝起きて直ぐと帰宅して直ぐは鏡面を見るのが嫌になる。
でも、だからこそ。
「綺麗な私を見て欲しいじゃない……」
「サクラちゃん、酔ってるってばよ」
「珍しく、だな。……」
どんな私でも好きという言葉が嬉しくなかったわけじゃ、ない。サクラだって、どんなサイでも(好きかどうかは別にして)受け入れる。これは『と思う』でも『多分』でも、ましてや『かもしれない』なんてものでもない『絶対』だ。(それはもちろん、ナルトにもサスケにも同様に言えることでもあるのだけれど)だから、それがイコール自分に向けられることだってあると解っている。でも、不安にだって、なるのだ。
「厭気が差すわ」
三十路過ぎたら、今手に入らないものが手に入ったりするのだろうか。
その時、何をどの位喪って、私は立っているのだろうか。
(厭気が、差すわ)
「これ、返納します」
鋼の錬金術師、という肩書きを銀時計とともに机上に置くと、大総統が、ふうんと笑った。私が与えた称号じゃないのに私に返されるなんて、不思議だねえ。人を喰ったような笑みでそう、言われた。
執務室のドアを二度ノックして、エドワードだけど、と言えば、中から、入りたまえ、が聞こえた。今まで何度となく訪れて、恐らくこれからも訪れる場所。
声の主に従い、ドアを開く。真正面に、机上に書類を山ほど積んだロイ・マスタングの姿があって、エドワードは部屋の中に身を滑らせた。
「よぉ、大佐。相変わらず大佐やってんだ?」
コートの中に手を突っ込んだまま、元、直属の上司に近づく。書類を片付けて居るのかと思い手元を覗きこめば、紙に落書きをしていた元上司に、エドワードが呆れたような顔をする。ロイがふうと一つ息を吐き出した。
「久しぶりに来たと思ったら、嫌味を言いに来たのかね、鋼の」
「おっと、残念。その肩書きは今さっき大総統にお返ししてきたとこだ」
手をびしりと出して答えたエドワードに、ロイが一瞬瞠目する。間抜け面め。
「ほお、目出度く無職か。自ら進んで婚約者のヒモになるとはな」
「けっ、誰がヒモだ、誰が! 銀時計返しに行ったら、君は軍から追いやるには惜しい逸材だよねえ、これからは錬金術、錬丹術の研究員として、このまま軍に従属してね、だとよ。食えねえおっさんだぜ」
言ったエドワードはけれど、ありがたい、と思う。今後も錬金術を、そして錬丹術を研究し続けるのだと決めた身だ。研究費はないよりあった方がいいし、後ろ盾もまた然りだ。
「つーことで、大佐は本日をもって俺の直属の上司じゃなくなったので、その報告に来たわけ」
「寂しくなるな」
「うへぇ、気色悪いこと言ってんじゃねえよ」
「何が気色悪いものか、私はただ、君をちょくちょく揶えなくなるなんて寂しくなるな、と言ったんだ」
「ムカつくおっさんだな、相変わらず」
「おっさん? 聞き捨てならんな」
ヒートアップする二人の言い合いを中断するノックの音が部屋に響き、エドワードとロイはドアを見やる。開いたそこから入って来たのは、リザ・ホークアイだった。
「失礼します……あら、エドワード君、お久しぶり」
手に紙の束を抱えたリザが、エドワードを見止めて、口角を上げる。エドワードが、絶対に逆らわないでおこう、と思う人は何人かいるが、リザもその一人だ。
「おぁ、中尉! 久しぶり! あれ、大佐のお目付役に戻ったの?」
前大総統の勅命により、大総統付きになっていたはずだったが、と問えば、リザが少し、笑った。
「ええ、他にこの人の手綱をとれる人が居れば良かったんだけど、なかなかね」
「へえー……良かったじゃねーか、大佐」
「ああ、軍部が潤いを取り戻したようだ」
返した言葉ともども、リザが鋭くロイを射抜いた。絶対零度。差し詰め、中央司令部の氷の女王といったところだ。その絶対零度が向けられるのは、主にロイだが。
「大佐、軽口を叩いている隙があるなら、昨日の分の書類を捌いてください」
「……ああ」
「いやー本当だ、大佐、汗で額が潤ってるぜ」
ニヤニヤ笑うエドワードにピシリと青筋を立てて言い返そうとするロイを制するように、リザが前に一歩出る。
「それから大佐」
「なんだね、中尉」
ドサリ、置かれたのは抱えていた書類の束だ。ロイのこめかみがひくついた。
「こちらが本日分になります。明日は視察の予定が入っていますから、本日分は本日中に終わらせてくださいね」
「……昨日の分はいつまでに終わらせればいいんだ?」
「昨日分は昨日中に終わらせるものです」
至極真っ当な意見に、けれどロイは尚も食い下がる。
「昨日は大総統と今後の軍部と国政のあり方についての話し合いをだな」
嘘ではない。ただ、チェス板を挟みながら勝負にかまけての話し合いではあったが。(大体、現大総統はそれこそ、執務にあまり意欲的に取り組んでいないではないか、これでは部下の指揮が下がるのも致し方ないことであろう、というのがロイの意見なのだが)
「何か?」
結局、この件に関してロイには一切の言い訳は許されていないのだ。唇を噛んだロイを見て、エドワードが笑った。
「はは、変わんねえなー……。ああ、そうだ中尉、ウィンリィが中尉に会いたがってるんだけど……」
「ウィンリィちゃんが? 嬉しいわ。今度、もし週末でも空いていたら、お買い物しましょう、と伝えておいてくれる?」
「サンキュ」
ウィンリィ・ロックベル。エドワードの幼なじみであり、腕のいい機械鎧の技師でもある。そんな彼女にエドワードがプロポーズをした、という噂は軍部の東から中央から果ては北にまで驚異の速さで広がり、ここ最近はエドワードが軍部に姿を見せる度しっかり話の種にされていたものだ。が、何度も同じ話をされると本人も揶揄に対する耐性がつくのか、近頃では『そーですよ幼なじみにプロポーズしましたよ俺の可愛い婚約者は機械鎧の整備の腕も超一流ならシチューだってリゼンブール一美味いんですよ羨ましいかこんにゃろう!』とノロケ混じりに牽制している。尚、何故特筆すべきがシチューなのかというと、エドワードの好物だからだそうで、これはもうマジモンのノロケである。
「ロックベル嬢は元気かね?」
噂の立った最初の頃はそれはもう先頭切ってエドワードを揶っていたロイも、標的が手応えのない反応を返すようになると大人しくなった。
エドワードは、ロイの質問に苦笑する。
「元気だよ。元気すぎて、式まで持つのかってくらい。それからアルも、メイも。アイツ等の話じゃあリンも元気に王様してるってさ」
「それは、息災で何よりだな」
「本当はもう少し西の方回ろうかと思ってたんだけどさ、流石に、な」
婚約者であるウィンリィには構わないから行ってこい、と言われたのだけれど、と呟くエドワードは、なんだかなあ、と頭を掻いた。
「式も近いんだ、大人しくしていたまえ」
「いや、式もそうだけど、身重のアイツ、一人にできねえからさ」
時が止まった音がした。ロイ・マスタングの、だ。
「……身重?」
「三ヶ月だって」
「本当に? おめでとう、エドワード君」
「へへ、ありがとう、中尉。まあ、安定期入るまで心休まらねーけど。ウィンリィ、案外無理するから」
着いていてやりたいのだ、と微笑む顔は既に父親のそれのようで、酷く狼狽したロイは「ノロケかね」とそれだけ言うのがやっとだ。……だって、あの、エドワード・エルリックが、子供だなんて……! 狼狽えるなという方が無理だ。
「なんとでも。……と、じゃあ俺、そろそろ行くよ」
ロイの心の漣などまるで無視して、エドワードはそういって一度敬礼すると、そんじゃ、また、と踵を返し、とっとと出て行った。よっぽど婚約者のことが気になるのだろう。……ノロケかッ!
稍あって、放心していたロイがぐらりと上体を動かした。
「中尉」
「何ですか」
言外に仕事しろ、と射竦められて、それでもロイはめげない。
「どうだ、我々も、結婚を考えるか」
「寝言を謂っているということは、寝ている、ということですね」
たたき起こして差し上げましょうか? リザが懐に手を突っ込んだのを見て、ロイは小さく諸手を挙げて深いため息をついた。
「~~ッ……はぁ……」
まさか、エドワードに結婚も子供も先を越されるとは思って居なかった。あの、落ち着きない、根無し草が……!
……ほんの少し前は、身体を取り戻すために躍起になっていた根無し草が、生まれた場所で花を咲かせる。親友を思い出すそれはとてもうらやましくて、それはとても、とても。
「……目出度いな」
「はい……」
生まれる子供が鋼ののようにやんちゃでなければ良いが、と、苦いものを吐き出すようにそう言って、ああ、そうだ、今度は思い出したように唇を突き出した。
「もう、鋼の錬金術師ではないんだったな……」
ロイは、机上の昨日分の書類に手を着けた。と、本日分のそれの一番上に、気になる書類。というか、手紙だろうか?
二つ名「鋼」のエドワード・エルリックはこれまで通り、君の下で宜しくね。
「……」
ロイは、にんまりと口角を引き上げた。
「どうやら鋼のと私の赤い糸はそう簡単に切れそうもないな」
どこかでくしゃみの音が聞こえた気がした。
鋼の錬金術師、という肩書きを銀時計とともに机上に置くと、大総統が、ふうんと笑った。私が与えた称号じゃないのに私に返されるなんて、不思議だねえ。人を喰ったような笑みでそう、言われた。
執務室のドアを二度ノックして、エドワードだけど、と言えば、中から、入りたまえ、が聞こえた。今まで何度となく訪れて、恐らくこれからも訪れる場所。
声の主に従い、ドアを開く。真正面に、机上に書類を山ほど積んだロイ・マスタングの姿があって、エドワードは部屋の中に身を滑らせた。
「よぉ、大佐。相変わらず大佐やってんだ?」
コートの中に手を突っ込んだまま、元、直属の上司に近づく。書類を片付けて居るのかと思い手元を覗きこめば、紙に落書きをしていた元上司に、エドワードが呆れたような顔をする。ロイがふうと一つ息を吐き出した。
「久しぶりに来たと思ったら、嫌味を言いに来たのかね、鋼の」
「おっと、残念。その肩書きは今さっき大総統にお返ししてきたとこだ」
手をびしりと出して答えたエドワードに、ロイが一瞬瞠目する。間抜け面め。
「ほお、目出度く無職か。自ら進んで婚約者のヒモになるとはな」
「けっ、誰がヒモだ、誰が! 銀時計返しに行ったら、君は軍から追いやるには惜しい逸材だよねえ、これからは錬金術、錬丹術の研究員として、このまま軍に従属してね、だとよ。食えねえおっさんだぜ」
言ったエドワードはけれど、ありがたい、と思う。今後も錬金術を、そして錬丹術を研究し続けるのだと決めた身だ。研究費はないよりあった方がいいし、後ろ盾もまた然りだ。
「つーことで、大佐は本日をもって俺の直属の上司じゃなくなったので、その報告に来たわけ」
「寂しくなるな」
「うへぇ、気色悪いこと言ってんじゃねえよ」
「何が気色悪いものか、私はただ、君をちょくちょく揶えなくなるなんて寂しくなるな、と言ったんだ」
「ムカつくおっさんだな、相変わらず」
「おっさん? 聞き捨てならんな」
ヒートアップする二人の言い合いを中断するノックの音が部屋に響き、エドワードとロイはドアを見やる。開いたそこから入って来たのは、リザ・ホークアイだった。
「失礼します……あら、エドワード君、お久しぶり」
手に紙の束を抱えたリザが、エドワードを見止めて、口角を上げる。エドワードが、絶対に逆らわないでおこう、と思う人は何人かいるが、リザもその一人だ。
「おぁ、中尉! 久しぶり! あれ、大佐のお目付役に戻ったの?」
前大総統の勅命により、大総統付きになっていたはずだったが、と問えば、リザが少し、笑った。
「ええ、他にこの人の手綱をとれる人が居れば良かったんだけど、なかなかね」
「へえー……良かったじゃねーか、大佐」
「ああ、軍部が潤いを取り戻したようだ」
返した言葉ともども、リザが鋭くロイを射抜いた。絶対零度。差し詰め、中央司令部の氷の女王といったところだ。その絶対零度が向けられるのは、主にロイだが。
「大佐、軽口を叩いている隙があるなら、昨日の分の書類を捌いてください」
「……ああ」
「いやー本当だ、大佐、汗で額が潤ってるぜ」
ニヤニヤ笑うエドワードにピシリと青筋を立てて言い返そうとするロイを制するように、リザが前に一歩出る。
「それから大佐」
「なんだね、中尉」
ドサリ、置かれたのは抱えていた書類の束だ。ロイのこめかみがひくついた。
「こちらが本日分になります。明日は視察の予定が入っていますから、本日分は本日中に終わらせてくださいね」
「……昨日の分はいつまでに終わらせればいいんだ?」
「昨日分は昨日中に終わらせるものです」
至極真っ当な意見に、けれどロイは尚も食い下がる。
「昨日は大総統と今後の軍部と国政のあり方についての話し合いをだな」
嘘ではない。ただ、チェス板を挟みながら勝負にかまけての話し合いではあったが。(大体、現大総統はそれこそ、執務にあまり意欲的に取り組んでいないではないか、これでは部下の指揮が下がるのも致し方ないことであろう、というのがロイの意見なのだが)
「何か?」
結局、この件に関してロイには一切の言い訳は許されていないのだ。唇を噛んだロイを見て、エドワードが笑った。
「はは、変わんねえなー……。ああ、そうだ中尉、ウィンリィが中尉に会いたがってるんだけど……」
「ウィンリィちゃんが? 嬉しいわ。今度、もし週末でも空いていたら、お買い物しましょう、と伝えておいてくれる?」
「サンキュ」
ウィンリィ・ロックベル。エドワードの幼なじみであり、腕のいい機械鎧の技師でもある。そんな彼女にエドワードがプロポーズをした、という噂は軍部の東から中央から果ては北にまで驚異の速さで広がり、ここ最近はエドワードが軍部に姿を見せる度しっかり話の種にされていたものだ。が、何度も同じ話をされると本人も揶揄に対する耐性がつくのか、近頃では『そーですよ幼なじみにプロポーズしましたよ俺の可愛い婚約者は機械鎧の整備の腕も超一流ならシチューだってリゼンブール一美味いんですよ羨ましいかこんにゃろう!』とノロケ混じりに牽制している。尚、何故特筆すべきがシチューなのかというと、エドワードの好物だからだそうで、これはもうマジモンのノロケである。
「ロックベル嬢は元気かね?」
噂の立った最初の頃はそれはもう先頭切ってエドワードを揶っていたロイも、標的が手応えのない反応を返すようになると大人しくなった。
エドワードは、ロイの質問に苦笑する。
「元気だよ。元気すぎて、式まで持つのかってくらい。それからアルも、メイも。アイツ等の話じゃあリンも元気に王様してるってさ」
「それは、息災で何よりだな」
「本当はもう少し西の方回ろうかと思ってたんだけどさ、流石に、な」
婚約者であるウィンリィには構わないから行ってこい、と言われたのだけれど、と呟くエドワードは、なんだかなあ、と頭を掻いた。
「式も近いんだ、大人しくしていたまえ」
「いや、式もそうだけど、身重のアイツ、一人にできねえからさ」
時が止まった音がした。ロイ・マスタングの、だ。
「……身重?」
「三ヶ月だって」
「本当に? おめでとう、エドワード君」
「へへ、ありがとう、中尉。まあ、安定期入るまで心休まらねーけど。ウィンリィ、案外無理するから」
着いていてやりたいのだ、と微笑む顔は既に父親のそれのようで、酷く狼狽したロイは「ノロケかね」とそれだけ言うのがやっとだ。……だって、あの、エドワード・エルリックが、子供だなんて……! 狼狽えるなという方が無理だ。
「なんとでも。……と、じゃあ俺、そろそろ行くよ」
ロイの心の漣などまるで無視して、エドワードはそういって一度敬礼すると、そんじゃ、また、と踵を返し、とっとと出て行った。よっぽど婚約者のことが気になるのだろう。……ノロケかッ!
稍あって、放心していたロイがぐらりと上体を動かした。
「中尉」
「何ですか」
言外に仕事しろ、と射竦められて、それでもロイはめげない。
「どうだ、我々も、結婚を考えるか」
「寝言を謂っているということは、寝ている、ということですね」
たたき起こして差し上げましょうか? リザが懐に手を突っ込んだのを見て、ロイは小さく諸手を挙げて深いため息をついた。
「~~ッ……はぁ……」
まさか、エドワードに結婚も子供も先を越されるとは思って居なかった。あの、落ち着きない、根無し草が……!
……ほんの少し前は、身体を取り戻すために躍起になっていた根無し草が、生まれた場所で花を咲かせる。親友を思い出すそれはとてもうらやましくて、それはとても、とても。
「……目出度いな」
「はい……」
生まれる子供が鋼ののようにやんちゃでなければ良いが、と、苦いものを吐き出すようにそう言って、ああ、そうだ、今度は思い出したように唇を突き出した。
「もう、鋼の錬金術師ではないんだったな……」
ロイは、机上の昨日分の書類に手を着けた。と、本日分のそれの一番上に、気になる書類。というか、手紙だろうか?
二つ名「鋼」のエドワード・エルリックはこれまで通り、君の下で宜しくね。
「……」
ロイは、にんまりと口角を引き上げた。
「どうやら鋼のと私の赤い糸はそう簡単に切れそうもないな」
どこかでくしゃみの音が聞こえた気がした。
久々に見上げる本社のビル。バリバリと営業をこなしていた頃が、酷く昔に思えた。新幹線の中、確かに浮上した筈の気持ちなのに、足取りが重くなる。
時計を見れば、十一時。まだ約束の十三時には、時間がある。
「とりあえずケンちゃんにメールしとくか……」
着いた着いた!
いや~久しぶりの東京だけど変わってねえなあー!
ちっとブラブラしてから会社向かうわ~。
「……よし」
おちゃらけた文章を作り、里中に送ると、東海林は踵を返して会社の近くにある広場へと向かう。
片隅のベンチに腰掛けて辺りを見渡すと、いつかに見慣れた景色が視界に入った。ここは本当に変わらない。本社に入社した頃を思えば多少整備されたりはしているが、その程度だ。
変わったのは自分だけのような気がする。否、一人取り残された、という方がしっくり来るかも知れない。
あの本社の中では、今も里中や黒岩のように東海林をよく知る社員が、そして、東海林を知らない新社員達が働いているのだろう。森美雪も社員になったと里中から聞いた。そうやって時は流れていく。自分は、またその流れに乗ることが出来るのか。
「……飯、食うかー……」
寒空の下のベンチで、東海林は手提げを膝に置いた。と、弁当を広げようとするのと同時に携帯が震える。誰からかを見ると、表示されたのは里中の名前だった。
「もしもし、ケンちゃん?」
『東海林さん、久しぶり! もう着いてるんだよね? どこにいるの?』
「ん? 本社の近くの広場に……まだ仕事中だよな?」
『いや、それが、霧島部長に東海林さんが着いてること言ったら前倒しで昼休憩にしていいって……その方が休憩終わった後会議の準備もスムーズだろうって……あ、居た!』
「お? おー、ケンちゃん!」
携帯の向こうから聞こえていた声が近くなって、東海林は通話を切る。走り寄ってくる仕事仲間に、自然と笑みが漏れた。
「会えて良かったー! 東海林さん、元気だった?」
「おー、元気元気! ケンちゃんも元気そうで良かった!」
東海林も、立ち上がると再会を喜んだ。里中とは、春子が東海林のところへ契約をしにきた時なので実際は一ヶ月ぶりくらいになる。
「東海林さん、お昼は……」
里中は東海林の隣に腰掛けると、東海林のもつ手提げを覗いた。
「あれ、お弁当?」
「ん? あーなんか、とっくりが『ついでです!』って寄越したんだよ」
「大前さん、て、大前さんが!?」
思わず瞠目した里中だが、それもそのはずだ。
本社の頃の大前春子といえば、自ら社員に関わるのは書類の提出と指示を仰ぐときのみ、と言っても過言ではないような態度で、まさか、まさか、東海林武に弁当を持たせるような女性ではなかった。ハケン弁当の時に手作り弁当は食べたが、あれはあくまでも『栄養バランスのとれたそれでいて見目のいいお弁当』の例えを作ったものであって、今回とは根本的に異なるものだろう。例えば、愛情だとかそんなものが。
羨ましいを通り越してただただ驚愕するばかりだ。
「すごいよ東海林さん、……もしかして、一緒に暮らしてたり……」
「アイツがそんなタマなわけないだろー。しっかり自分の部屋借りて暮らしてるっての」
これだって、隣人に貰ったおかずのお礼に作った弁当のおこぼれ、と唇を尖らせる東海林に、里中が笑う。
「でも嬉しいんでしょ?」
「……ケンちゃん、飯は?」
「ハケン弁当の新しいおかずの試食でお腹一杯だから、心配しなくていいよ。食べて食べて」
照れた顔、唇を尖らせたままで開いた弁当箱、中身は、鯖の味噌煮、レンコンや人参の煮物等諸々に、何故か。
『……焼きそば?』
脇にちょんちょんと詰められたそれは、紛れもなく、焼きそば。
東海林が首を傾げる。
「普通弁当におかずで焼きそば入れるか……?」
「……東海林さんが焼きそばパンばっかり食べてるからじゃないかな」
「俺? ……だってそりゃ、焼きそばパン好きだしねえ」
「うん、だからさあ」
「……」
「東海林さんが好きなものだと思ったから、入れたんじゃないかな?」
微笑む里中の言葉に、東海林の顔が赤みを帯びた。
「良かったね、東海林さん」
「……んじゃ、いただきます……」
一口ずつ頬張るおかず。旨くないわけがなかった。
※※※
「土屋さん、昨晩はありがとうございました」
春子は、お昼休みになると土屋のもとに向かった。午後から配達の彼に弁当を渡すためだ。
特別な意味はないので誰に見られようが構わないが、幸い、人気は少ない。礼をいうと土屋がはにかんで頭を掻いた。
「いや、そんな、本当悪かったよあんな時間に」
「お礼という程でもありませんが、どうぞ」
言いながら、三角巾に包んだ弁当を渡す。
「え、わざわざ作ってくれたとか?」
嬉しそうに笑う土屋に、春子が言った。
「……土屋さん、大変申し訳ありませんが、今後は、私に対してのお気遣いは無用ですので」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした土屋には構わず春子が軽く頭を下げる。
「では」
「あ、春ちゃん!」
「はい?」
呼び止められて立ち止まった春子に、一度何かを決意したように唾液を飲み込む土屋。その唇が開く。
「春ちゃんて付き合ってる奴っているのか?」
「いいえ」
即答する。
「じゃあ、……惚れてる奴はいるか?」
ぴくりと春子の肩が震えた。
時間がゆっくりと流れる。
土屋の表情があまりに真剣で、関係ないでしょう、とは言えなかった。否、言わなかった。
「……はい」
目を背けるのはもう止めることにしたから。
信じたいと思う人が出来たから。
好きだと想う人がいる。
だから、あなたが好きと言ってくれても、ごめんなさい。私は応えられない。
「他にご質問は」
「いや……ねえや……」
「それでは」
背を向けた大前春子を、土屋は唇を噛んで見送った。
時計を見れば、十一時。まだ約束の十三時には、時間がある。
「とりあえずケンちゃんにメールしとくか……」
着いた着いた!
いや~久しぶりの東京だけど変わってねえなあー!
ちっとブラブラしてから会社向かうわ~。
「……よし」
おちゃらけた文章を作り、里中に送ると、東海林は踵を返して会社の近くにある広場へと向かう。
片隅のベンチに腰掛けて辺りを見渡すと、いつかに見慣れた景色が視界に入った。ここは本当に変わらない。本社に入社した頃を思えば多少整備されたりはしているが、その程度だ。
変わったのは自分だけのような気がする。否、一人取り残された、という方がしっくり来るかも知れない。
あの本社の中では、今も里中や黒岩のように東海林をよく知る社員が、そして、東海林を知らない新社員達が働いているのだろう。森美雪も社員になったと里中から聞いた。そうやって時は流れていく。自分は、またその流れに乗ることが出来るのか。
「……飯、食うかー……」
寒空の下のベンチで、東海林は手提げを膝に置いた。と、弁当を広げようとするのと同時に携帯が震える。誰からかを見ると、表示されたのは里中の名前だった。
「もしもし、ケンちゃん?」
『東海林さん、久しぶり! もう着いてるんだよね? どこにいるの?』
「ん? 本社の近くの広場に……まだ仕事中だよな?」
『いや、それが、霧島部長に東海林さんが着いてること言ったら前倒しで昼休憩にしていいって……その方が休憩終わった後会議の準備もスムーズだろうって……あ、居た!』
「お? おー、ケンちゃん!」
携帯の向こうから聞こえていた声が近くなって、東海林は通話を切る。走り寄ってくる仕事仲間に、自然と笑みが漏れた。
「会えて良かったー! 東海林さん、元気だった?」
「おー、元気元気! ケンちゃんも元気そうで良かった!」
東海林も、立ち上がると再会を喜んだ。里中とは、春子が東海林のところへ契約をしにきた時なので実際は一ヶ月ぶりくらいになる。
「東海林さん、お昼は……」
里中は東海林の隣に腰掛けると、東海林のもつ手提げを覗いた。
「あれ、お弁当?」
「ん? あーなんか、とっくりが『ついでです!』って寄越したんだよ」
「大前さん、て、大前さんが!?」
思わず瞠目した里中だが、それもそのはずだ。
本社の頃の大前春子といえば、自ら社員に関わるのは書類の提出と指示を仰ぐときのみ、と言っても過言ではないような態度で、まさか、まさか、東海林武に弁当を持たせるような女性ではなかった。ハケン弁当の時に手作り弁当は食べたが、あれはあくまでも『栄養バランスのとれたそれでいて見目のいいお弁当』の例えを作ったものであって、今回とは根本的に異なるものだろう。例えば、愛情だとかそんなものが。
羨ましいを通り越してただただ驚愕するばかりだ。
「すごいよ東海林さん、……もしかして、一緒に暮らしてたり……」
「アイツがそんなタマなわけないだろー。しっかり自分の部屋借りて暮らしてるっての」
これだって、隣人に貰ったおかずのお礼に作った弁当のおこぼれ、と唇を尖らせる東海林に、里中が笑う。
「でも嬉しいんでしょ?」
「……ケンちゃん、飯は?」
「ハケン弁当の新しいおかずの試食でお腹一杯だから、心配しなくていいよ。食べて食べて」
照れた顔、唇を尖らせたままで開いた弁当箱、中身は、鯖の味噌煮、レンコンや人参の煮物等諸々に、何故か。
『……焼きそば?』
脇にちょんちょんと詰められたそれは、紛れもなく、焼きそば。
東海林が首を傾げる。
「普通弁当におかずで焼きそば入れるか……?」
「……東海林さんが焼きそばパンばっかり食べてるからじゃないかな」
「俺? ……だってそりゃ、焼きそばパン好きだしねえ」
「うん、だからさあ」
「……」
「東海林さんが好きなものだと思ったから、入れたんじゃないかな?」
微笑む里中の言葉に、東海林の顔が赤みを帯びた。
「良かったね、東海林さん」
「……んじゃ、いただきます……」
一口ずつ頬張るおかず。旨くないわけがなかった。
※※※
「土屋さん、昨晩はありがとうございました」
春子は、お昼休みになると土屋のもとに向かった。午後から配達の彼に弁当を渡すためだ。
特別な意味はないので誰に見られようが構わないが、幸い、人気は少ない。礼をいうと土屋がはにかんで頭を掻いた。
「いや、そんな、本当悪かったよあんな時間に」
「お礼という程でもありませんが、どうぞ」
言いながら、三角巾に包んだ弁当を渡す。
「え、わざわざ作ってくれたとか?」
嬉しそうに笑う土屋に、春子が言った。
「……土屋さん、大変申し訳ありませんが、今後は、私に対してのお気遣いは無用ですので」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした土屋には構わず春子が軽く頭を下げる。
「では」
「あ、春ちゃん!」
「はい?」
呼び止められて立ち止まった春子に、一度何かを決意したように唾液を飲み込む土屋。その唇が開く。
「春ちゃんて付き合ってる奴っているのか?」
「いいえ」
即答する。
「じゃあ、……惚れてる奴はいるか?」
ぴくりと春子の肩が震えた。
時間がゆっくりと流れる。
土屋の表情があまりに真剣で、関係ないでしょう、とは言えなかった。否、言わなかった。
「……はい」
目を背けるのはもう止めることにしたから。
信じたいと思う人が出来たから。
好きだと想う人がいる。
だから、あなたが好きと言ってくれても、ごめんなさい。私は応えられない。
「他にご質問は」
「いや……ねえや……」
「それでは」
背を向けた大前春子を、土屋は唇を噛んで見送った。
「昨日も言ったように、今日は一日、東京へ出ます。帰社しないので何か報告等あれば明日、緊急なら逐次携帯にお願いします……」
朝礼を終えた東海林は本社のある東京への出張のため、名古屋営業所を出立した。
向かうは、S&F本社。東海林武の、家にも等しい……否、等しかった、場所。
東京に赴くのは、名古屋に飛ばされてからは初めてだ。一応、里中には東京へ向かう旨を連絡したので、久々に彼に会えることを思えば嬉しくないわけではないが、やはり気分は上がらない。
片や、大きなヤマを当てた本社勤務、片や名古屋の子会社へ事実上左遷された運輸営業所所長。
里中に手柄を返したことを後悔しているわけではないのだが、やはり知った顔ばかりの本社に向かうのは、気が重いものがある。
一人乗り込んだ新幹線。買った缶コーヒーを小さな折りたたみ式の上に置いて窓にもたれ、腕を組んだ東海林は溜め息を吐いた。
(……今日は、とっくりは事務か……)
「……ん、そういやあ……」
東海林は、閉じていた目を開けると、仕事用の鞄とはまた別の、小さな手提げを卓上に置いた。
「とっくりのやつ、何寄越したんだよ……」
朝、東海林が営業所に向かうと、既に一人、誰より早くデスクについていた春子がいた。
その横顔に少し頬を緩ませた東海林は、大前さん、おはよう、と声を掛けた。すると、いつもであれば『おはようございます』と言葉だけ返るのに、春子は徐に立ち上がるとツカツカと東海林の元へ歩み寄った。
書類に印鑑か何か欲しいのか、と首を傾げる東海林に定例通り『おはようございます』を返した後、春子はずいっとこの手提げを突き出したのだ。
東海林は突然のそれに、面食らう。
『おおっ……!?』
『ついでです』
『……は?』
『昨日土屋さんに夕飯のおかずを頂いたのでそのお礼に作ったものの余った材料を使って作ったので、あなたのはついでです』
『つ、土屋におかず? ていうかついでっつ……』
問いただそうとした東海林だったが、結局他の職員が出社してきたため、そのまま春子と話す暇もなく出て来てしまった。
渡された手提げ、普通に考えれればお弁当。
「いや……だって、とっくりだぞ? まさかなー……」
東海林は、中に入っている包みを丁寧に広げた。と、そこには、一枚の白い紙が入っている。折り畳んであるそれを広げれば、綺麗な筆跡で二言の簡素なメモめいたそれ。
無理をしないこと。
行ってらっしゃい。
「……マジか……?」
思わず、頬を抓った。
たった二行。そのたった二行が、とんでもなく嬉しい。
なんだよ、どうしたとっくり大前春子。
あ……でもこれ、土屋のついでなんだよな。
少し気落ちしたが、それでも嬉しいものは嬉しい。
その場で開けようとして、まだ食うには早い、と、思いとどまる。メモだけ大切に手帳に挟み、中身は包みに戻して手提げに入れた。
少し憂鬱だった気分は、いとも簡単に浮上した。我ながら現金なものである。
「……あーなんだよ……あー……会いたくなったじゃねえか、ちくしょう……」
端から見れば確実に不審者。独り言を呟きながらにやける男を乗せて、新幹線は速度を上げた。
朝礼を終えた東海林は本社のある東京への出張のため、名古屋営業所を出立した。
向かうは、S&F本社。東海林武の、家にも等しい……否、等しかった、場所。
東京に赴くのは、名古屋に飛ばされてからは初めてだ。一応、里中には東京へ向かう旨を連絡したので、久々に彼に会えることを思えば嬉しくないわけではないが、やはり気分は上がらない。
片や、大きなヤマを当てた本社勤務、片や名古屋の子会社へ事実上左遷された運輸営業所所長。
里中に手柄を返したことを後悔しているわけではないのだが、やはり知った顔ばかりの本社に向かうのは、気が重いものがある。
一人乗り込んだ新幹線。買った缶コーヒーを小さな折りたたみ式の上に置いて窓にもたれ、腕を組んだ東海林は溜め息を吐いた。
(……今日は、とっくりは事務か……)
「……ん、そういやあ……」
東海林は、閉じていた目を開けると、仕事用の鞄とはまた別の、小さな手提げを卓上に置いた。
「とっくりのやつ、何寄越したんだよ……」
朝、東海林が営業所に向かうと、既に一人、誰より早くデスクについていた春子がいた。
その横顔に少し頬を緩ませた東海林は、大前さん、おはよう、と声を掛けた。すると、いつもであれば『おはようございます』と言葉だけ返るのに、春子は徐に立ち上がるとツカツカと東海林の元へ歩み寄った。
書類に印鑑か何か欲しいのか、と首を傾げる東海林に定例通り『おはようございます』を返した後、春子はずいっとこの手提げを突き出したのだ。
東海林は突然のそれに、面食らう。
『おおっ……!?』
『ついでです』
『……は?』
『昨日土屋さんに夕飯のおかずを頂いたのでそのお礼に作ったものの余った材料を使って作ったので、あなたのはついでです』
『つ、土屋におかず? ていうかついでっつ……』
問いただそうとした東海林だったが、結局他の職員が出社してきたため、そのまま春子と話す暇もなく出て来てしまった。
渡された手提げ、普通に考えれればお弁当。
「いや……だって、とっくりだぞ? まさかなー……」
東海林は、中に入っている包みを丁寧に広げた。と、そこには、一枚の白い紙が入っている。折り畳んであるそれを広げれば、綺麗な筆跡で二言の簡素なメモめいたそれ。
無理をしないこと。
行ってらっしゃい。
「……マジか……?」
思わず、頬を抓った。
たった二行。そのたった二行が、とんでもなく嬉しい。
なんだよ、どうしたとっくり大前春子。
あ……でもこれ、土屋のついでなんだよな。
少し気落ちしたが、それでも嬉しいものは嬉しい。
その場で開けようとして、まだ食うには早い、と、思いとどまる。メモだけ大切に手帳に挟み、中身は包みに戻して手提げに入れた。
少し憂鬱だった気分は、いとも簡単に浮上した。我ながら現金なものである。
「……あーなんだよ……あー……会いたくなったじゃねえか、ちくしょう……」
端から見れば確実に不審者。独り言を呟きながらにやける男を乗せて、新幹線は速度を上げた。