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漫画・小説・演劇・ドラマ、ジャンルも媒体も男も女も関係なく、腐った可愛そうな頭の人間が雑多に書き散らすネタ帳です。 ていうかあれだ。サイトに載せる前の繋ぎみたいな。

   
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ハケ品@⑤
 久々に見上げる本社のビル。バリバリと営業をこなしていた頃が、酷く昔に思えた。新幹線の中、確かに浮上した筈の気持ちなのに、足取りが重くなる。
 時計を見れば、十一時。まだ約束の十三時には、時間がある。

「とりあえずケンちゃんにメールしとくか……」

 着いた着いた!
 いや~久しぶりの東京だけど変わってねえなあー!
 ちっとブラブラしてから会社向かうわ~。

「……よし」

 おちゃらけた文章を作り、里中に送ると、東海林は踵を返して会社の近くにある広場へと向かう。
 片隅のベンチに腰掛けて辺りを見渡すと、いつかに見慣れた景色が視界に入った。ここは本当に変わらない。本社に入社した頃を思えば多少整備されたりはしているが、その程度だ。
 変わったのは自分だけのような気がする。否、一人取り残された、という方がしっくり来るかも知れない。
 あの本社の中では、今も里中や黒岩のように東海林をよく知る社員が、そして、東海林を知らない新社員達が働いているのだろう。森美雪も社員になったと里中から聞いた。そうやって時は流れていく。自分は、またその流れに乗ることが出来るのか。

「……飯、食うかー……」

 寒空の下のベンチで、東海林は手提げを膝に置いた。と、弁当を広げようとするのと同時に携帯が震える。誰からかを見ると、表示されたのは里中の名前だった。

「もしもし、ケンちゃん?」
『東海林さん、久しぶり! もう着いてるんだよね? どこにいるの?』
「ん? 本社の近くの広場に……まだ仕事中だよな?」
『いや、それが、霧島部長に東海林さんが着いてること言ったら前倒しで昼休憩にしていいって……その方が休憩終わった後会議の準備もスムーズだろうって……あ、居た!』
「お? おー、ケンちゃん!」

 携帯の向こうから聞こえていた声が近くなって、東海林は通話を切る。走り寄ってくる仕事仲間に、自然と笑みが漏れた。

「会えて良かったー! 東海林さん、元気だった?」
「おー、元気元気! ケンちゃんも元気そうで良かった!」

 東海林も、立ち上がると再会を喜んだ。里中とは、春子が東海林のところへ契約をしにきた時なので実際は一ヶ月ぶりくらいになる。

「東海林さん、お昼は……」

 里中は東海林の隣に腰掛けると、東海林のもつ手提げを覗いた。

「あれ、お弁当?」
「ん? あーなんか、とっくりが『ついでです!』って寄越したんだよ」
「大前さん、て、大前さんが!?」

 思わず瞠目した里中だが、それもそのはずだ。
 本社の頃の大前春子といえば、自ら社員に関わるのは書類の提出と指示を仰ぐときのみ、と言っても過言ではないような態度で、まさか、まさか、東海林武に弁当を持たせるような女性ではなかった。ハケン弁当の時に手作り弁当は食べたが、あれはあくまでも『栄養バランスのとれたそれでいて見目のいいお弁当』の例えを作ったものであって、今回とは根本的に異なるものだろう。例えば、愛情だとかそんなものが。
 羨ましいを通り越してただただ驚愕するばかりだ。

「すごいよ東海林さん、……もしかして、一緒に暮らしてたり……」
「アイツがそんなタマなわけないだろー。しっかり自分の部屋借りて暮らしてるっての」

 これだって、隣人に貰ったおかずのお礼に作った弁当のおこぼれ、と唇を尖らせる東海林に、里中が笑う。

「でも嬉しいんでしょ?」
「……ケンちゃん、飯は?」
「ハケン弁当の新しいおかずの試食でお腹一杯だから、心配しなくていいよ。食べて食べて」

 照れた顔、唇を尖らせたままで開いた弁当箱、中身は、鯖の味噌煮、レンコンや人参の煮物等諸々に、何故か。

『……焼きそば?』

 脇にちょんちょんと詰められたそれは、紛れもなく、焼きそば。
 東海林が首を傾げる。

「普通弁当におかずで焼きそば入れるか……?」
「……東海林さんが焼きそばパンばっかり食べてるからじゃないかな」
「俺? ……だってそりゃ、焼きそばパン好きだしねえ」
「うん、だからさあ」
「……」
「東海林さんが好きなものだと思ったから、入れたんじゃないかな?」

 微笑む里中の言葉に、東海林の顔が赤みを帯びた。

「良かったね、東海林さん」
「……んじゃ、いただきます……」

 一口ずつ頬張るおかず。旨くないわけがなかった。

※※※

「土屋さん、昨晩はありがとうございました」

 春子は、お昼休みになると土屋のもとに向かった。午後から配達の彼に弁当を渡すためだ。
 特別な意味はないので誰に見られようが構わないが、幸い、人気は少ない。礼をいうと土屋がはにかんで頭を掻いた。

「いや、そんな、本当悪かったよあんな時間に」
「お礼という程でもありませんが、どうぞ」

 言いながら、三角巾に包んだ弁当を渡す。

「え、わざわざ作ってくれたとか?」

 嬉しそうに笑う土屋に、春子が言った。

「……土屋さん、大変申し訳ありませんが、今後は、私に対してのお気遣いは無用ですので」
「え?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした土屋には構わず春子が軽く頭を下げる。

「では」
「あ、春ちゃん!」
「はい?」

 呼び止められて立ち止まった春子に、一度何かを決意したように唾液を飲み込む土屋。その唇が開く。

「春ちゃんて付き合ってる奴っているのか?」
「いいえ」

 即答する。

「じゃあ、……惚れてる奴はいるか?」

 ぴくりと春子の肩が震えた。
 時間がゆっくりと流れる。
 土屋の表情があまりに真剣で、関係ないでしょう、とは言えなかった。否、言わなかった。

「……はい」

 目を背けるのはもう止めることにしたから。
 信じたいと思う人が出来たから。
 好きだと想う人がいる。
 だから、あなたが好きと言ってくれても、ごめんなさい。私は応えられない。

「他にご質問は」
「いや……ねえや……」
「それでは」

 背を向けた大前春子を、土屋は唇を噛んで見送った。
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