漫画・小説・演劇・ドラマ、ジャンルも媒体も男も女も関係なく、腐った可愛そうな頭の人間が雑多に書き散らすネタ帳です。 ていうかあれだ。サイトに載せる前の繋ぎみたいな。
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「本当に、いいんだな?」
「アンタもしつこ、ん……」
いい加減呆れたような声音を遮り、塞いだ口内を舐め尽くして脚を抱えると散々指で掻き回したそこに、何も着けないままの一物を宛った。
芯子が息を詰める。
「息、抜けよ」
「かんたんに言うけど……な……ぁっ……!」
狭く柔い内壁を掻き分けて、押し入った。何も着けていないダイレクトな感覚に、一郎は眉を寄せる。
「きっつ……いな……」
「ぃ……あ」
なんとか根元まで押し込んだ。吐き出す息に熱が籠もる。ヤバい。気持ちいいなんてモンじゃない。
「……う、動いていい……?」
「い、ちいち、訊くな……」
腰を引くと、肉が絡みついてくる。単調に打ち付けてからぐるりと中で回せば、芯子が秀麗な顔を快感に歪めた。
耳、首筋、胸、脇腹、腰骨、臍下の茂みやその下の突起、至る場所に触れながら、注挿の速度を速めていく。
「ンっ、ん……っ、ん、ぅん、」
「声出してよ……」
噤む唇が寂しくて、唇に指を入れる。抗議のために開かれたであろう歯の間にそれを噛ませれば、閉じられない口からはひっきりなしに喘ぐ声が漏れた。
「あっ、あ……や、あ……」
「かわいいなお前……」
「あっ、ぁ……あんひゃにぇ……」
がり、強く指を噛まれて、思わず手を引く。何すんだ、とむくれてやったらこっちの台詞だと髪を引っ張られた。
「いたたたいてえよ!」
「うっさい」
睨んで、口付けあって、もう何も言わずにただ穿つ。水音と肌のぶつかる音だけ、電気の消えた部屋に淫らに響く。
ふいに耳鳴りのする感覚。クリトリスをグッと押し潰すと、芯子の表情が更に歪み、中も狭まった。
「あ、も、イく……ぅ!」
「一緒に……ッ」
腰を支えて最後に強く打ちつける。
「しん、こ……!」
「っ、ぁあ、イ……」
二人で高みへ登りつめたとき、芯子が、詰まった声でもって、噛み締めるように紡いだのは、他でもない、一郎の名前だった。
「い、ちろ……!」
「ッ……」
放った白濁が、抜かれることなく全て芯子に注がれ、一郎は何度かゆっくりと腰を押し付ける。
は、は、二人して荒い息を吐き出して、ベッドに沈み込んだ。
「あー……あー……」
「なーんだ、その声」
「すげ、良かった……お前は?」
「……ま、そこそこ、な」
「そこそこってなんだ、そこそこって……まあいいわ……」
一物を引き抜いて、芯子を抱き寄せる。物凄く瞼が重い。いつの間にか足元で蟠っていた毛布達も引き寄せて、二人でくるまる。傍らの芯子が後始末をしろと五月蝿く喚くが、起きてからにしてくれ、と瞼を閉じた。
※※※
目が覚めた。随分と、都合のいい夢を見た。目は開いたけれどあまりに身体が気だるく起き上がる気にはなれずに、何時だろう、そう思って時計に手を伸ばす。
「起きたか?」
後ろから、するはずのない声がして、驚きで時計を取り落とす。
声の主は、堤芯子だった。
「なーに、そのカオ。風呂沸いてるから入ってきな、ひっどいカッコしてるよー?」
芯子はそう言うと、リビングへ消える。
訳も分からず下を見れば、夢と同じように下穿きだけ穿いている。
「ゆ、めじゃなかったのか……」
ヨロヨロと部屋を出ると、味噌汁のいい匂いがした。
「アンタさー、時計あんだけ煩いのに、なんで起きないかね~?」
一郎の服を身につけた芯子が、お玉を握っている。
これも夢だろうか。それとも。
「お前……か、身体、平気か……?」
「はぁ?」
「いや、……だから」
「起きたら身体中ベトベトだし、へんなトコ筋肉痛だし。立ったらなんか出てくるし誰かさんはぐーすか寝てるし? ……ま、いーけど」
くるりと一郎に向き直った芯子が、お玉を肩に担いで片手で一郎の胸あたりを強く押すと風呂場へ追いやった。
「とりあえず、風、呂、入、れ」
どうやら、朝食にありつくには身を清めなければならないらしい。
風呂場の扉を開ければ一面鏡がある。姿見にうつる自分の格好は、確かに酷いものであった。
ってこれ、マジでか。
色々なものを流してさっぱりとしてリビングへ向かう。
風呂場で悶々考えた末に出た一つの答えは、どうやら、自分が夢だと思っていたことは全て現実だったらしいということ。
「……夢じゃなかった……」
リビングへ入ると、食卓にならぶ小鉢たち。食材がないとぶつぶついう芯子は、それでも何品目かを作っていた。料理などてんでできないように見えるのに、実際のその腕は確かだ。
「モノが少なかったからこんだけしか作ってない、よ。ホイ、食いな」
「いや、ありがとう……」
あれが現実だったとして、後始末もせずに寝転けていたとかもう最悪だ、と溜め息を吐く。口に運んだ煮物が旨くて、情けなくなった。
「旨い……久しぶりだな、お前の料理」
「味わえ、よ」
まるで、夫婦のそれのように穏やかな時間。けれど実際には、恋人ですらない。
そう、恋人ですら。
一郎は、箸を置いた。
「どーしたシングルパー」
「……堤芯子」
「なーになーにどーした」
「俺は、お前のことが、好きだ」
「……そーれで?」
一息、吸い込む。
「芯子さん、俺と付き合って下さい」
身体中が心臓になったように、鼓動が五月蝿い。頬杖をついて告白を聞いていた芯子は、んー、と唸ると椅子の背もたれにもたれ掛かった。
「……アンタがなんでそんなにアタシのことが好きなのかワカンナイけど……なーんか一郎さんは私が居ないと駄目みたいだしー?」
机を挟んで、身を乗り出した芯子から手が伸びる。それがわしゃわしゃと一郎の髪をかき混ぜた。
「しょーがねーから、付き合ってやる、よっ」
「……マジ?」
一郎が瞠目する。その様子に、芯子が息を吐いた。
「……んなことで嘘吐いてどーすんだ」
「前科があるだろお前は……」
「……あー……っと……しっかし昨日はまーさか、寝込み襲われるとは思わなかったなー……しかも、車ん中で、仕事ちゅーに?」
「!」
「ホントどんだけヨッキューフマンなんだっちゅーの」
芯子が一郎の家に来たわけ、一郎の記憶が正しければ、あの車内でのキスの理由が知りたかったからだったはずで、詰まり……。
「おま、起きてたのか……!」
「ったり前だろー? あんな頼りない運転じゃ寝たくても寝らんなーい」
「嘘こけ、高鼾かいてたじゃねーか!」
「つーか例えあの前に寝てたとして、アタシくしゃみしたんだよ? あのタイミングで普通『起きてない』って判断しないだろ、っとに頭ん中までパーだな!」
確かに、言われて見ればそうなのだが、一郎としては納得いかない。
「嫌なら目ぇ開ければ良かったじゃねえか……」
少し拗ねたようにそう言って、箸を再び取った。ジャガイモの煮物をつつく。
「……だから、開けなかったじゃん」
照れを隠すように、ふてた声音で吐き出す芯子。その言葉の意味を正しく理解して、一郎はジャガイモを取り落とした。
「……す、なおじゃねーなー……」
「……お互いサマだ、ろ」
掛け合う言葉に温かさが滲む。
二人の想いの繋がった、二十九日の、昼間のことであった。
「アンタもしつこ、ん……」
いい加減呆れたような声音を遮り、塞いだ口内を舐め尽くして脚を抱えると散々指で掻き回したそこに、何も着けないままの一物を宛った。
芯子が息を詰める。
「息、抜けよ」
「かんたんに言うけど……な……ぁっ……!」
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「きっつ……いな……」
「ぃ……あ」
なんとか根元まで押し込んだ。吐き出す息に熱が籠もる。ヤバい。気持ちいいなんてモンじゃない。
「……う、動いていい……?」
「い、ちいち、訊くな……」
腰を引くと、肉が絡みついてくる。単調に打ち付けてからぐるりと中で回せば、芯子が秀麗な顔を快感に歪めた。
耳、首筋、胸、脇腹、腰骨、臍下の茂みやその下の突起、至る場所に触れながら、注挿の速度を速めていく。
「ンっ、ん……っ、ん、ぅん、」
「声出してよ……」
噤む唇が寂しくて、唇に指を入れる。抗議のために開かれたであろう歯の間にそれを噛ませれば、閉じられない口からはひっきりなしに喘ぐ声が漏れた。
「あっ、あ……や、あ……」
「かわいいなお前……」
「あっ、ぁ……あんひゃにぇ……」
がり、強く指を噛まれて、思わず手を引く。何すんだ、とむくれてやったらこっちの台詞だと髪を引っ張られた。
「いたたたいてえよ!」
「うっさい」
睨んで、口付けあって、もう何も言わずにただ穿つ。水音と肌のぶつかる音だけ、電気の消えた部屋に淫らに響く。
ふいに耳鳴りのする感覚。クリトリスをグッと押し潰すと、芯子の表情が更に歪み、中も狭まった。
「あ、も、イく……ぅ!」
「一緒に……ッ」
腰を支えて最後に強く打ちつける。
「しん、こ……!」
「っ、ぁあ、イ……」
二人で高みへ登りつめたとき、芯子が、詰まった声でもって、噛み締めるように紡いだのは、他でもない、一郎の名前だった。
「い、ちろ……!」
「ッ……」
放った白濁が、抜かれることなく全て芯子に注がれ、一郎は何度かゆっくりと腰を押し付ける。
は、は、二人して荒い息を吐き出して、ベッドに沈み込んだ。
「あー……あー……」
「なーんだ、その声」
「すげ、良かった……お前は?」
「……ま、そこそこ、な」
「そこそこってなんだ、そこそこって……まあいいわ……」
一物を引き抜いて、芯子を抱き寄せる。物凄く瞼が重い。いつの間にか足元で蟠っていた毛布達も引き寄せて、二人でくるまる。傍らの芯子が後始末をしろと五月蝿く喚くが、起きてからにしてくれ、と瞼を閉じた。
※※※
目が覚めた。随分と、都合のいい夢を見た。目は開いたけれどあまりに身体が気だるく起き上がる気にはなれずに、何時だろう、そう思って時計に手を伸ばす。
「起きたか?」
後ろから、するはずのない声がして、驚きで時計を取り落とす。
声の主は、堤芯子だった。
「なーに、そのカオ。風呂沸いてるから入ってきな、ひっどいカッコしてるよー?」
芯子はそう言うと、リビングへ消える。
訳も分からず下を見れば、夢と同じように下穿きだけ穿いている。
「ゆ、めじゃなかったのか……」
ヨロヨロと部屋を出ると、味噌汁のいい匂いがした。
「アンタさー、時計あんだけ煩いのに、なんで起きないかね~?」
一郎の服を身につけた芯子が、お玉を握っている。
これも夢だろうか。それとも。
「お前……か、身体、平気か……?」
「はぁ?」
「いや、……だから」
「起きたら身体中ベトベトだし、へんなトコ筋肉痛だし。立ったらなんか出てくるし誰かさんはぐーすか寝てるし? ……ま、いーけど」
くるりと一郎に向き直った芯子が、お玉を肩に担いで片手で一郎の胸あたりを強く押すと風呂場へ追いやった。
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どうやら、朝食にありつくには身を清めなければならないらしい。
風呂場の扉を開ければ一面鏡がある。姿見にうつる自分の格好は、確かに酷いものであった。
ってこれ、マジでか。
色々なものを流してさっぱりとしてリビングへ向かう。
風呂場で悶々考えた末に出た一つの答えは、どうやら、自分が夢だと思っていたことは全て現実だったらしいということ。
「……夢じゃなかった……」
リビングへ入ると、食卓にならぶ小鉢たち。食材がないとぶつぶついう芯子は、それでも何品目かを作っていた。料理などてんでできないように見えるのに、実際のその腕は確かだ。
「モノが少なかったからこんだけしか作ってない、よ。ホイ、食いな」
「いや、ありがとう……」
あれが現実だったとして、後始末もせずに寝転けていたとかもう最悪だ、と溜め息を吐く。口に運んだ煮物が旨くて、情けなくなった。
「旨い……久しぶりだな、お前の料理」
「味わえ、よ」
まるで、夫婦のそれのように穏やかな時間。けれど実際には、恋人ですらない。
そう、恋人ですら。
一郎は、箸を置いた。
「どーしたシングルパー」
「……堤芯子」
「なーになーにどーした」
「俺は、お前のことが、好きだ」
「……そーれで?」
一息、吸い込む。
「芯子さん、俺と付き合って下さい」
身体中が心臓になったように、鼓動が五月蝿い。頬杖をついて告白を聞いていた芯子は、んー、と唸ると椅子の背もたれにもたれ掛かった。
「……アンタがなんでそんなにアタシのことが好きなのかワカンナイけど……なーんか一郎さんは私が居ないと駄目みたいだしー?」
机を挟んで、身を乗り出した芯子から手が伸びる。それがわしゃわしゃと一郎の髪をかき混ぜた。
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「……マジ?」
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「……んなことで嘘吐いてどーすんだ」
「前科があるだろお前は……」
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「ホントどんだけヨッキューフマンなんだっちゅーの」
芯子が一郎の家に来たわけ、一郎の記憶が正しければ、あの車内でのキスの理由が知りたかったからだったはずで、詰まり……。
「おま、起きてたのか……!」
「ったり前だろー? あんな頼りない運転じゃ寝たくても寝らんなーい」
「嘘こけ、高鼾かいてたじゃねーか!」
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確かに、言われて見ればそうなのだが、一郎としては納得いかない。
「嫌なら目ぇ開ければ良かったじゃねえか……」
少し拗ねたようにそう言って、箸を再び取った。ジャガイモの煮物をつつく。
「……だから、開けなかったじゃん」
照れを隠すように、ふてた声音で吐き出す芯子。その言葉の意味を正しく理解して、一郎はジャガイモを取り落とした。
「……す、なおじゃねーなー……」
「……お互いサマだ、ろ」
掛け合う言葉に温かさが滲む。
二人の想いの繋がった、二十九日の、昼間のことであった。
PR
「寝てる部下襲うなんて、いい度胸してるな?」
夢だ。
一郎は、そう確信して肩を落とした。
自分の家に堤芯子が上がり込んでいるなんて。しかも、昼間の出来事を咎められるなんて。罪悪感が見せる夢に違いない。
玄関を入ってすぐ、壁に寄りかかる芯子には構わず、一郎は寝室へ向かう。風呂に入るのも億劫だ。どうせ今日は仕事納め。明日は一日中寝ていたところで支障はない。
(ああ、夢なのになんでこんなこと考えてんだ俺……)
コートと背広の上着だけ床に放り投げて、電気も付けずにベッドに倒れ込んだ。
「シカトか?」
パチンと乾いた音がして、部屋が明るくなる。シカトか? そう問うた芯子が、ベッドの脇に立ったのが解った。
「起きな、シングルパー」
シングルパー。芯子はいつも、一郎をそう呼ぶ。ずっと嫉妬していたのだ。同じようにシングルパーと呼ばれる新人に。だって、アイツは、名前を。
「……洋子が……いや、お前がさ」
「あ?」
「俺の名前呼んでくれんの、好きだったんだよ、俺」
「んなこときーてない」
「聞けって。そんでな、お前が俺の名前呼んでくれた後に、キスすんのが好きだった。なんかこう、俺のモンて感じがしてさー」
「だからキスしたって? 答えんなってないね」
そうだ。答えじゃない。答えなんか簡単だ。したかったからした。
好きだから、した。
「……アホか俺」
「……アンタ飲みすぎてんじゃないの?」
「かもなあ」
そう、飲みすぎたかもしれない。仕事納めで金田と工藤を誘って、飲み屋でしこたま呑んだ、ような気がする。
それすら朧気だ。飲み過ぎたのだと思った。だからこんな夢も見る。
(……夢……)
「夢なら、いえっかなー……」
「夢ぇ? 誰が、」
「俺、お前のこと好きなんだわ……」
「……」
「なあ、芯子」
夢なら、構わないだろうか。
一郎は、投げ出していた上半身を起こすと芯子の腕に手を伸ばして掴み、自分の方にぐっと引き寄せた。
「……キスしたい」
「……嫌だっつったら?」
「……知るか」
腕は逃がさないように掴んだまま、もう片腕で首の裏を支えた。そのまま、背けるでも抵抗するでもない唇に自分の唇を押し付ける。
一度、二度、三度。今度は食むように少しそれを含み、舌でもって合わせ目をそうっとこじ開ける。差し入れて歯列をなぞれば鼻に掛かった声が漏れて、鼓膜が震えた。
「ん……ンーぁ……」
「ん……」
奥に逃げる舌を追いかけて、捕まえる。
首を支えていた手をずらして、耳の裏を撫でてみた。少し身を捩る芯子をもっと追い詰めてみたくなる。
掴んでいた腕を放して、代わりに本格的にベッドへ引き込み、押し倒す。再び唇を唇で舐りながらモッズコートを脱がしにかかった。腕の途中に絡ませて、動きにくくする。
「あ、んた、ね……んっ」
息継ぎの合間に何かを言おうとする口を、塞ぐ。
服の上から、胸に手を這わせてみる。記憶通りの大きさ。心臓の音が早まる。
手に少し力をこめて、ゆるゆると揉む。けれどやはりそれだけでは物足りず、裾から手を差し入れて直接胸に触れる。ブラを押し上げれば、既に堅くなっていた突起にそれが擦れたのか、舐っていた口元が歪んで甘い声が聞こえた。
「はぁ……ん……」
「……好きだ」
唇を離して、両手は胸の頂をこねながら譫言のように呟く。
「じゅ、んじょが……ゃ……逆だ、ろっ……!」
アタシはまだ何も言っていない。そう言って眉を寄せながらも、抵抗はしない。
爪で軽く引っ掛くと、更に甘い声が上がった。片手を芯子の頭の後ろに回し、髪を結わくゴムを解く。柔らかい髪を梳いていると、芯子が抗議するように声を上げた。
「背中痛いから……コート脱がしてほしーんだけど」
「……いいのか?」
「ヤだったらてーこーしてるっちゅーの……」
拒否されなかったことに安堵して、コートを脱がす。それを床の上に落として、服と下着も取り払おうと手をかけた。
「待った、その前に……」
「なんだよ」
「……でんき」
芯子がつけた電気。それを手元のリモコンで消すと、目が慣れないせいで目の前の芯子の顔すら見えない。それでもなんとか手探りで下着まで脱がせた。
「一応、ゆっとくけど」
「……」
「あー……」
うじうじするのが嫌いな芯子が珍しく言葉を濁す。
「……早く言え」
段々不安になってそう急かすと、漸く暗闇でも見えるようになった輪郭を俯かせてぼそぼそと言う。
「……アタシ、かれこれ二、三年……ご無沙汰なんだよ、な……」
「そりゃあ刑務所暮らしじゃあな……で?」
「だから、その……や」
やさしく、してほしー……なー……。
照れ隠しのためだろうか? 自由になった両手で一郎の頬を包んで、ぎゅーっと潰す。
あにふんどぁ、言葉にならずもごもご言って、手を外させる。そのまま、それぞれ頭の脇に縫い付けた。
「……悪いけどな、俺も誰かさんに逃げられてからご無沙汰なんでなー優しく出来るかどうかはわからん」
「……ん、ぁ」
深く口付けて、唾液を交換する。首筋に唇を移動させて、そこに吸いついた。強く吸啜したせいで、舌が痺れる。その感覚さえ甘い。
胸の膨らみに顔を寄せて、暗くて見えない色づきを含んで、軽く歯を立てる。
「んっ……」
手を乳房に置いて、吸っていない側をこねたり弾いたり引っ掻いたり押し込んだりと楽しむ。唾液塗れの方にふっと息吹きかけると、身体が震えたのがわかった。
動く度に金具が音を立てるジーンズの掛け金を外し、チャックを下ろす。
「腰、上げてくれるか」
「……はいはい」
下肢を覆っていたものを全て取り除くと、芯子が脚を擦り合わせる。
「恥ずかしい?」
「ったり前だっつうの……あーもーやるなら早くしろっ!」
顔を背ける様子が愛しくて仕方がない。一度は自分を騙した相手だというのに。
遮るものがなくなったそこに指当てると、既に潤っている。少し堅くなっている突起を指に感じて、それを摘むように擦り上げると、芯子が高く鳴いた。閉じかける脚を左右に割開いて、戦慄く内腿を片手で宥めた。暫くクリトリスだけを弄ってやる。
「なん、でそこばっか……ぁあ、や、……んっ……!」
ヌルヌルと手に纏わりついた体液を、今度は手のひら全体で塗りつける。
芯子が息も絶え絶えになったところで、指を一本中に差し入れた。難なく入る。幾度か出し入れして、二本目。これも抵抗なく入った。
中で指を折って内壁を擦る。脚がその都度びくびくと跳ね上がる。
「気持ちいいか?」
「う……っさ……」
腕で顔を覆っているのか、くぐもった声が答える。打ちつけるように出し入れしてやると、中がきゅうと締まった。
指を引き抜く。
「おー……ベトベト……」
「……は、ん……はぁ……」
「まだシャツ脱いでもねーよ俺……」
なんだか気恥ずかしくなって、はは、と苦く笑うと、芯子が整わない息のままで起き上がり、ネクタイを引いた。無防備な身体は自然前のめりになる。ついでに強く肩を押されて、ベッドに転がった。
「うぉっ!」
しなやかな身体が上に乗り上げ、細い指が暗い中器用にネクタイを外していく。シャツのボタンに触れるたび、鼓動の速度が増す。
「お、おい、お前」
「手ぇーベトベトにしてスイマセンねー。お詫びに脱がしてやるから、だ、ま、っ、て、な」
言うが早いか、芯子の手がベルトに掛かり、カチャカチャ音をさせたそれは、簡単に腰から抜かれ、チャックも下ろされる。
「呑んでたっつってた割にちゃーんと勃ってんじゃん」
芯子の媚態に首を擡げていたそれ、を、布越しに指が撫でた。
「……なんだよ」
舐めてくれんの? 冗談めかして訊くと、芯子がくっと笑った。先ほどまで一郎の下でアンアン嬌声を上げていたとは思えない豹変ぶりだ。
「シてほしーわ、け?」
オネガイする時はぁ、なんてゆーの? ジッと間近で見つめられて、ちゅっと唇を奪われる。
「オネガイします……」
思わず口をついてしまった。
芯子の指が下着に入り込み、それを少し押し下げて中の一物を取り出す。片方の手でもって竿を支えるともう片手で落ちてくる邪魔な髪を耳にかけてから、それに顔を寄せた。
つるりとした部分に舌を当て、指はやわやわと袋を揉み、唾液をダラリと垂らして、空いた手でカリをなぞり、竿を扱く。一郎は少し腰を上げると、下着とスーツを若干下げた。
芯子は一物をくわえ込み、舌で舐ったり吸ったり、軽く歯を当てたりと一郎を高みに誘う。
ぐちゅぐちゅと漏れる音が、芯子の、鼻に掛かったような息遣いに混じる。
ん……はぁ……、
「ん……一遍出しとけ」
「え?」
油断していた。手はせわしなく動きながら、先端をぎゅう、とキツく吸われる。
「わ、お前……ッ」
腰が浮くような感覚がして、それが抜けたかと思った時には、射精していた。芯子の口の中に。
指で搾り取り、啜る。離れた口元からきらりと白濁の糸が引くのが見えた気がした。
「……てぃっひゅ……」
「え? あ、ティッシュ、ティッシュな! ええと……」
慌ててちり紙を探してベッドサイドを漁るが、見つからない。
「……いーや……」
舌足らずにそう言った芯子は、口を引き結んだ。
ごく。
「……ぅえー……喉に引っかかる……まずー……」
「飲んだのか!」
「アンタおっそいんだもん」
シャツはボタンをはずされただけで下肢は精を放って萎えたモノがスーツからはみ出している。対する芯子は、何も身にまとっておらず、いつも結んでいる髪も解いているせいか雰囲気が違って見える。
「……いいか?」
「ま、このまま放り出されても、な」
合意と取れる言葉に、一郎はシャツを脱ぎ捨てた。抱き寄せてベッドに倒し、脚を抱え上げた。開いて、縫い止める。
そのままゆっくりと、潤む場所に顔を近づけた。
「なに」
強張った声。
何をされるのかわかった声。昔、騙されたときもこれだけは嫌がっていた。
汚いから、と。
しかし、他人の一物くわえておいて、『自分は汚いから』もなにもない。
唾液を含ませた舌で祕部を舐め、逃げようとするのを捕まえて指でそこを開いた。突起にむしゃぶりついて、唇で食む。
芯子が嫌々と首を振る。
「や、だっ!」
「なんで」
「きたな、」
「くない」
穴に舌を差し込んで、広げる。何度か注挿してから、代わりに指を挿入した。二本、三本。
中を更に解しながら、一郎はふと、あれ? と首を傾げた。眉間に皺が寄る。
「あ……やべ……」
「……」
「……ゴム、ねえや……」
買い置きするようなものでもない、恋人が出来たら買えばいい。行きずりの女とそういう関係になることなどないだろう、と、用意もしていなかった。
行きずりの女ではないけれど、恋人でもない。そんな女とそういう関係になってしまうことだって予想外だ。
「……ナマは拙い……よな?」
「……」
「や、うん、まあこんな時も、な……あるよな……」
ハァアア、と深く息を吐いて、すごすごと離れ、ようとしたのを引き止める手。言わずもがな、芯子だ。
「とる気、あんのか?」
「え?」
「責任。子どもがもし出来たらとる気あるのかってきーてんの」
「そりゃ、お前とは結婚まで考えたし……」
「あんの、ないの、どっち!」
「あります!」
「じゃあ、いーよ」
「……は?」
「だから、着けなくていーから」
「……っ……」
甘い誘惑に流されかけて、しかし首を振る。責任をとるつもりは勿論あるけれども、いい大人としてそんなできちゃった結婚はどうかと思う。
……思う。
芯子が、ふうん、と鼻を鳴らした。
「アタシとするのが嫌なんだ?」
「嫌なわけあるか!」
「コーカイするかもって思ってんだ?」
「違う」
「アタシも、後悔なんかしない」
腕が伸びて、一郎の頭をそうっと掴む。
「アンタなら、イイ」
どんな殺し文句かと、思った。
夢だ。
一郎は、そう確信して肩を落とした。
自分の家に堤芯子が上がり込んでいるなんて。しかも、昼間の出来事を咎められるなんて。罪悪感が見せる夢に違いない。
玄関を入ってすぐ、壁に寄りかかる芯子には構わず、一郎は寝室へ向かう。風呂に入るのも億劫だ。どうせ今日は仕事納め。明日は一日中寝ていたところで支障はない。
(ああ、夢なのになんでこんなこと考えてんだ俺……)
コートと背広の上着だけ床に放り投げて、電気も付けずにベッドに倒れ込んだ。
「シカトか?」
パチンと乾いた音がして、部屋が明るくなる。シカトか? そう問うた芯子が、ベッドの脇に立ったのが解った。
「起きな、シングルパー」
シングルパー。芯子はいつも、一郎をそう呼ぶ。ずっと嫉妬していたのだ。同じようにシングルパーと呼ばれる新人に。だって、アイツは、名前を。
「……洋子が……いや、お前がさ」
「あ?」
「俺の名前呼んでくれんの、好きだったんだよ、俺」
「んなこときーてない」
「聞けって。そんでな、お前が俺の名前呼んでくれた後に、キスすんのが好きだった。なんかこう、俺のモンて感じがしてさー」
「だからキスしたって? 答えんなってないね」
そうだ。答えじゃない。答えなんか簡単だ。したかったからした。
好きだから、した。
「……アホか俺」
「……アンタ飲みすぎてんじゃないの?」
「かもなあ」
そう、飲みすぎたかもしれない。仕事納めで金田と工藤を誘って、飲み屋でしこたま呑んだ、ような気がする。
それすら朧気だ。飲み過ぎたのだと思った。だからこんな夢も見る。
(……夢……)
「夢なら、いえっかなー……」
「夢ぇ? 誰が、」
「俺、お前のこと好きなんだわ……」
「……」
「なあ、芯子」
夢なら、構わないだろうか。
一郎は、投げ出していた上半身を起こすと芯子の腕に手を伸ばして掴み、自分の方にぐっと引き寄せた。
「……キスしたい」
「……嫌だっつったら?」
「……知るか」
腕は逃がさないように掴んだまま、もう片腕で首の裏を支えた。そのまま、背けるでも抵抗するでもない唇に自分の唇を押し付ける。
一度、二度、三度。今度は食むように少しそれを含み、舌でもって合わせ目をそうっとこじ開ける。差し入れて歯列をなぞれば鼻に掛かった声が漏れて、鼓膜が震えた。
「ん……ンーぁ……」
「ん……」
奥に逃げる舌を追いかけて、捕まえる。
首を支えていた手をずらして、耳の裏を撫でてみた。少し身を捩る芯子をもっと追い詰めてみたくなる。
掴んでいた腕を放して、代わりに本格的にベッドへ引き込み、押し倒す。再び唇を唇で舐りながらモッズコートを脱がしにかかった。腕の途中に絡ませて、動きにくくする。
「あ、んた、ね……んっ」
息継ぎの合間に何かを言おうとする口を、塞ぐ。
服の上から、胸に手を這わせてみる。記憶通りの大きさ。心臓の音が早まる。
手に少し力をこめて、ゆるゆると揉む。けれどやはりそれだけでは物足りず、裾から手を差し入れて直接胸に触れる。ブラを押し上げれば、既に堅くなっていた突起にそれが擦れたのか、舐っていた口元が歪んで甘い声が聞こえた。
「はぁ……ん……」
「……好きだ」
唇を離して、両手は胸の頂をこねながら譫言のように呟く。
「じゅ、んじょが……ゃ……逆だ、ろっ……!」
アタシはまだ何も言っていない。そう言って眉を寄せながらも、抵抗はしない。
爪で軽く引っ掛くと、更に甘い声が上がった。片手を芯子の頭の後ろに回し、髪を結わくゴムを解く。柔らかい髪を梳いていると、芯子が抗議するように声を上げた。
「背中痛いから……コート脱がしてほしーんだけど」
「……いいのか?」
「ヤだったらてーこーしてるっちゅーの……」
拒否されなかったことに安堵して、コートを脱がす。それを床の上に落として、服と下着も取り払おうと手をかけた。
「待った、その前に……」
「なんだよ」
「……でんき」
芯子がつけた電気。それを手元のリモコンで消すと、目が慣れないせいで目の前の芯子の顔すら見えない。それでもなんとか手探りで下着まで脱がせた。
「一応、ゆっとくけど」
「……」
「あー……」
うじうじするのが嫌いな芯子が珍しく言葉を濁す。
「……早く言え」
段々不安になってそう急かすと、漸く暗闇でも見えるようになった輪郭を俯かせてぼそぼそと言う。
「……アタシ、かれこれ二、三年……ご無沙汰なんだよ、な……」
「そりゃあ刑務所暮らしじゃあな……で?」
「だから、その……や」
やさしく、してほしー……なー……。
照れ隠しのためだろうか? 自由になった両手で一郎の頬を包んで、ぎゅーっと潰す。
あにふんどぁ、言葉にならずもごもご言って、手を外させる。そのまま、それぞれ頭の脇に縫い付けた。
「……悪いけどな、俺も誰かさんに逃げられてからご無沙汰なんでなー優しく出来るかどうかはわからん」
「……ん、ぁ」
深く口付けて、唾液を交換する。首筋に唇を移動させて、そこに吸いついた。強く吸啜したせいで、舌が痺れる。その感覚さえ甘い。
胸の膨らみに顔を寄せて、暗くて見えない色づきを含んで、軽く歯を立てる。
「んっ……」
手を乳房に置いて、吸っていない側をこねたり弾いたり引っ掻いたり押し込んだりと楽しむ。唾液塗れの方にふっと息吹きかけると、身体が震えたのがわかった。
動く度に金具が音を立てるジーンズの掛け金を外し、チャックを下ろす。
「腰、上げてくれるか」
「……はいはい」
下肢を覆っていたものを全て取り除くと、芯子が脚を擦り合わせる。
「恥ずかしい?」
「ったり前だっつうの……あーもーやるなら早くしろっ!」
顔を背ける様子が愛しくて仕方がない。一度は自分を騙した相手だというのに。
遮るものがなくなったそこに指当てると、既に潤っている。少し堅くなっている突起を指に感じて、それを摘むように擦り上げると、芯子が高く鳴いた。閉じかける脚を左右に割開いて、戦慄く内腿を片手で宥めた。暫くクリトリスだけを弄ってやる。
「なん、でそこばっか……ぁあ、や、……んっ……!」
ヌルヌルと手に纏わりついた体液を、今度は手のひら全体で塗りつける。
芯子が息も絶え絶えになったところで、指を一本中に差し入れた。難なく入る。幾度か出し入れして、二本目。これも抵抗なく入った。
中で指を折って内壁を擦る。脚がその都度びくびくと跳ね上がる。
「気持ちいいか?」
「う……っさ……」
腕で顔を覆っているのか、くぐもった声が答える。打ちつけるように出し入れしてやると、中がきゅうと締まった。
指を引き抜く。
「おー……ベトベト……」
「……は、ん……はぁ……」
「まだシャツ脱いでもねーよ俺……」
なんだか気恥ずかしくなって、はは、と苦く笑うと、芯子が整わない息のままで起き上がり、ネクタイを引いた。無防備な身体は自然前のめりになる。ついでに強く肩を押されて、ベッドに転がった。
「うぉっ!」
しなやかな身体が上に乗り上げ、細い指が暗い中器用にネクタイを外していく。シャツのボタンに触れるたび、鼓動の速度が増す。
「お、おい、お前」
「手ぇーベトベトにしてスイマセンねー。お詫びに脱がしてやるから、だ、ま、っ、て、な」
言うが早いか、芯子の手がベルトに掛かり、カチャカチャ音をさせたそれは、簡単に腰から抜かれ、チャックも下ろされる。
「呑んでたっつってた割にちゃーんと勃ってんじゃん」
芯子の媚態に首を擡げていたそれ、を、布越しに指が撫でた。
「……なんだよ」
舐めてくれんの? 冗談めかして訊くと、芯子がくっと笑った。先ほどまで一郎の下でアンアン嬌声を上げていたとは思えない豹変ぶりだ。
「シてほしーわ、け?」
オネガイする時はぁ、なんてゆーの? ジッと間近で見つめられて、ちゅっと唇を奪われる。
「オネガイします……」
思わず口をついてしまった。
芯子の指が下着に入り込み、それを少し押し下げて中の一物を取り出す。片方の手でもって竿を支えるともう片手で落ちてくる邪魔な髪を耳にかけてから、それに顔を寄せた。
つるりとした部分に舌を当て、指はやわやわと袋を揉み、唾液をダラリと垂らして、空いた手でカリをなぞり、竿を扱く。一郎は少し腰を上げると、下着とスーツを若干下げた。
芯子は一物をくわえ込み、舌で舐ったり吸ったり、軽く歯を当てたりと一郎を高みに誘う。
ぐちゅぐちゅと漏れる音が、芯子の、鼻に掛かったような息遣いに混じる。
ん……はぁ……、
「ん……一遍出しとけ」
「え?」
油断していた。手はせわしなく動きながら、先端をぎゅう、とキツく吸われる。
「わ、お前……ッ」
腰が浮くような感覚がして、それが抜けたかと思った時には、射精していた。芯子の口の中に。
指で搾り取り、啜る。離れた口元からきらりと白濁の糸が引くのが見えた気がした。
「……てぃっひゅ……」
「え? あ、ティッシュ、ティッシュな! ええと……」
慌ててちり紙を探してベッドサイドを漁るが、見つからない。
「……いーや……」
舌足らずにそう言った芯子は、口を引き結んだ。
ごく。
「……ぅえー……喉に引っかかる……まずー……」
「飲んだのか!」
「アンタおっそいんだもん」
シャツはボタンをはずされただけで下肢は精を放って萎えたモノがスーツからはみ出している。対する芯子は、何も身にまとっておらず、いつも結んでいる髪も解いているせいか雰囲気が違って見える。
「……いいか?」
「ま、このまま放り出されても、な」
合意と取れる言葉に、一郎はシャツを脱ぎ捨てた。抱き寄せてベッドに倒し、脚を抱え上げた。開いて、縫い止める。
そのままゆっくりと、潤む場所に顔を近づけた。
「なに」
強張った声。
何をされるのかわかった声。昔、騙されたときもこれだけは嫌がっていた。
汚いから、と。
しかし、他人の一物くわえておいて、『自分は汚いから』もなにもない。
唾液を含ませた舌で祕部を舐め、逃げようとするのを捕まえて指でそこを開いた。突起にむしゃぶりついて、唇で食む。
芯子が嫌々と首を振る。
「や、だっ!」
「なんで」
「きたな、」
「くない」
穴に舌を差し込んで、広げる。何度か注挿してから、代わりに指を挿入した。二本、三本。
中を更に解しながら、一郎はふと、あれ? と首を傾げた。眉間に皺が寄る。
「あ……やべ……」
「……」
「……ゴム、ねえや……」
買い置きするようなものでもない、恋人が出来たら買えばいい。行きずりの女とそういう関係になることなどないだろう、と、用意もしていなかった。
行きずりの女ではないけれど、恋人でもない。そんな女とそういう関係になってしまうことだって予想外だ。
「……ナマは拙い……よな?」
「……」
「や、うん、まあこんな時も、な……あるよな……」
ハァアア、と深く息を吐いて、すごすごと離れ、ようとしたのを引き止める手。言わずもがな、芯子だ。
「とる気、あんのか?」
「え?」
「責任。子どもがもし出来たらとる気あるのかってきーてんの」
「そりゃ、お前とは結婚まで考えたし……」
「あんの、ないの、どっち!」
「あります!」
「じゃあ、いーよ」
「……は?」
「だから、着けなくていーから」
「……っ……」
甘い誘惑に流されかけて、しかし首を振る。責任をとるつもりは勿論あるけれども、いい大人としてそんなできちゃった結婚はどうかと思う。
……思う。
芯子が、ふうん、と鼻を鳴らした。
「アタシとするのが嫌なんだ?」
「嫌なわけあるか!」
「コーカイするかもって思ってんだ?」
「違う」
「アタシも、後悔なんかしない」
腕が伸びて、一郎の頭をそうっと掴む。
「アンタなら、イイ」
どんな殺し文句かと、思った。
正直、運転はあまり得意じゃない。車を出すときは大抵金田に頼っているし、自分で運転することは殆どないからだ。それでも、助手席で高鼾をかきながら寝こけているコイツにさせるよりはマシだろう、と、角松一郎は汗ばむ手でもってハンドルを握り締めた。
本日は、二手に分かれての実地調査。明珍の計らいにより、一郎と芯子のチームと金田、工藤、明珍のチームとに分けられ調査場所へと向かった。
チーム編成で内心喜んだのも束の間、苦手な運転をさせられて芯子とも碌々話せず終いである。あまりに暇すぎたのだろう、大あくびを幾度となくかましていた芯子は、着いたら起こせ、と寝始めてしまった。せっかくの二人きりなのに、と仕事中にそんなことを考えている自身にため息が出る。しかも、もう直ぐで庁舎へ到着出来るという所まできて、事故渋滞。なかなか進まないし、逸れる横道もない。
はあ。
再び漏れた溜め息に呼応するかのように、芯子が深く息を吸う。そして、へえっくしょい! と妙齢の女性らしからぬくしゃみを致した。
「……オッサンか、お前は……」
返事はなく、代わりにまた小さな寝息が聞こえる。
でかいくしゃみをしたくせに起きる気配もない女。
少し俯き加減の顔。化粧っ気のないそれだけれど、長めの睫毛、意志の強さが現れたような眉、すらりとした鼻、ふっくらした唇に、つんと尖った顎。表情もなく唇は引き結ばれているが、寝ている顔は、普段が蓮っ葉で子どもっぽいからだろうか? いやに整っているように見える。
普段とて綺麗な顔つきなのだけれど、悪態をつかないだけで全然雰囲気が違う。
ジッと芯子を見つめていた一郎は自身の鼓動が速度を増していくのを感じて、慌てて視線を前へと戻す。相変わらず、前の車は一向に進む気配を見せない。
「……いつんなったら帰れるんだか」
思わずそう呟いて、再た助手席を見た。
工藤は、コイツのどこが好きなのだろう?
考えて、自嘲する。俺の方が筋金入りだ。
尤も、芯子は工藤の方が好きなのかも知れないけれど。
(アイツは『優』で俺はひたすら『シングルパー』だもんなー……)
昔、『洋子』と付き合っていたときは、『一郎さん』と呼ばれていた。それが酷く懐かしく、また、工藤優がちょっと嫉ましい。
(って、バカか俺は)
横を見ればくうくうと寝息を立てる女。無防備すぎて涙が出そうだ、まったく。
……今なら、出来るだろうか。芯子は寝ているし、見ている人も居ない。咎める奴がいない。しかも彼女はお誂え向きに此方を向いている。
未だ動かない車内。
「芯子……」
一郎は、シートベルトで縛られた身体を捩ると、芯子の顔に自分のそれを近付けた。脈がどくどくと早くなる。
触れた唇が、熱い。
触れただけ。ただそれだけ。
唇を離しても芯子は起きない。
「……進まねえなあ……」
前に向き直った一郎は、そう小さく呟いた。
一向に進まない。あの日遮られた告白もそのまま、何も。
十二月二十八日、仕事納めの日の午後の車内での出来事である。
本日は、二手に分かれての実地調査。明珍の計らいにより、一郎と芯子のチームと金田、工藤、明珍のチームとに分けられ調査場所へと向かった。
チーム編成で内心喜んだのも束の間、苦手な運転をさせられて芯子とも碌々話せず終いである。あまりに暇すぎたのだろう、大あくびを幾度となくかましていた芯子は、着いたら起こせ、と寝始めてしまった。せっかくの二人きりなのに、と仕事中にそんなことを考えている自身にため息が出る。しかも、もう直ぐで庁舎へ到着出来るという所まできて、事故渋滞。なかなか進まないし、逸れる横道もない。
はあ。
再び漏れた溜め息に呼応するかのように、芯子が深く息を吸う。そして、へえっくしょい! と妙齢の女性らしからぬくしゃみを致した。
「……オッサンか、お前は……」
返事はなく、代わりにまた小さな寝息が聞こえる。
でかいくしゃみをしたくせに起きる気配もない女。
少し俯き加減の顔。化粧っ気のないそれだけれど、長めの睫毛、意志の強さが現れたような眉、すらりとした鼻、ふっくらした唇に、つんと尖った顎。表情もなく唇は引き結ばれているが、寝ている顔は、普段が蓮っ葉で子どもっぽいからだろうか? いやに整っているように見える。
普段とて綺麗な顔つきなのだけれど、悪態をつかないだけで全然雰囲気が違う。
ジッと芯子を見つめていた一郎は自身の鼓動が速度を増していくのを感じて、慌てて視線を前へと戻す。相変わらず、前の車は一向に進む気配を見せない。
「……いつんなったら帰れるんだか」
思わずそう呟いて、再た助手席を見た。
工藤は、コイツのどこが好きなのだろう?
考えて、自嘲する。俺の方が筋金入りだ。
尤も、芯子は工藤の方が好きなのかも知れないけれど。
(アイツは『優』で俺はひたすら『シングルパー』だもんなー……)
昔、『洋子』と付き合っていたときは、『一郎さん』と呼ばれていた。それが酷く懐かしく、また、工藤優がちょっと嫉ましい。
(って、バカか俺は)
横を見ればくうくうと寝息を立てる女。無防備すぎて涙が出そうだ、まったく。
……今なら、出来るだろうか。芯子は寝ているし、見ている人も居ない。咎める奴がいない。しかも彼女はお誂え向きに此方を向いている。
未だ動かない車内。
「芯子……」
一郎は、シートベルトで縛られた身体を捩ると、芯子の顔に自分のそれを近付けた。脈がどくどくと早くなる。
触れた唇が、熱い。
触れただけ。ただそれだけ。
唇を離しても芯子は起きない。
「……進まねえなあ……」
前に向き直った一郎は、そう小さく呟いた。
一向に進まない。あの日遮られた告白もそのまま、何も。
十二月二十八日、仕事納めの日の午後の車内での出来事である。
コンコン、と、鉄の扉を叩く音がした。出にくい声をそれでも張って、はい、と返事をすれば引き戸が開かれる。
「……くるコメ……」
酷く押し殺したような声が、久方振りに鼓膜を打つ。最後にあったのは、いつだったか。もう流れる年月すら外の出来事になってしまって、時間すら曖昧で。
「待って、いたよ……」
その曖昧に永い時を、ただ君に逢うために生きた。
暁光に帰す
「……痩せたな」
「まあ、座りたまえ……」
そう、扉を開けた女性を促せば、彼女は唇を噛み締めながらベッドの脇の椅子に腰掛けた。
記憶にあるよりも、面差しが柔和になったように感じる。いい歳の重ね方をしているのだろう。
「ひさ……久しぶりだね」
掠れる声は聞きにくいだろうが、どうにも出来ない。それでも痰の絡んだ喉を震わせて、声を出す。
「……アンタにまた会うとは、な」
「なぜ、……来てくれたのかな」
「……呼んだの、アンタのくせに。あーったく、アンタのせいでアタシ、自首することになったんだよな」
返答は的を外していたが、それでもいい。彼女があの日切り捨てた自分との『会話』が今、続いている。
「どちらにしろ、自首はするつもりだったように思うがね……」
彼女は。
堤芯子は、自分が思っていたよりもずっと潔い女性だった。自分は世の中を牛耳るつもりでいたにも関わらず世の中の様子を知らずにいたことで、見事に潰された。彼女自身への脅しは意味をなさないことはわかっていた、それ故にあの課長補佐を、否、彼女以外の二係を彼女の安全を確保することによって操作しようとしたのだ。それも彼女の彼女たる信念にはやはり、無意味であったけれど。
そんな日々さえ懐かしい。
ふーっと息をついた彼女が、口を開く。
「アンタさあ、命を救われたとかなんとか言ってただろ。なんか勘違いしてそうだからゆっとくけど、それ、アタシじゃないから。自分でもっとよく探したほーがいーんじゃない? って言いに来た。これが今日きた理由」
で、アンタは何でアタシを呼んだの、と、問われる。
「……私は、ガンでね。末期だ……先も長くない」
「……」
「君にもう一度だけ会いたかった……それが、理由だ」
「……生きることを諦めるんだ」
「はは……もう、充分だ……充分」
命を捨てるなんて贅沢だ、と言った少女が居た。その言葉に、その少女に、救われた自分がいた。彼女は勘違いといったが、それでも構わない。自分にとってのあの少女は、紛れもなく目の前の彼女なのだから。
……ふと、気になった。
「……君は、今も会検で……?」
「ま……一応籍は置いてるけど? なんで」
「……茶々君に君に会いたい旨を伝えた時に……少し難しい顔をされてね……」
「ああ……そ」
もう居ないのかと思ったのだ、と言うと、続いてるけど、が返る。彼女にしては煮え切らない反応だ。
「他の面々も、元気かな……?」
「……優もそーめんかぼちゃも元気だよ。優は自分の力でなんかちょっと上に行ったけど、ちょくちょく会ってるし、そーめんかぼちゃは主任になったな。マメも元気だけど娘さんが反抗期って嘆いてる。……もー片方のシングルパーも、そこそこ、な」
新しい奴が一人入ったけどコイツがまたせーぎせーぎ五月蝿いんだ、と、彼女が笑った。
「……笑ってくれたね」
「は?」
面食らったような顔をした彼女に、自分も少し笑う。
「……あのさ、アタシはまだアンタを許せないし、これからも許せる日は来ないかも知れない。つか、来ないね」
「……だろうなあ……残念だが……」
「でも、一個だけ礼言っとくよ。……アタシをカイケンに呼んでくれたこと。アリガトさん」
今度は、此方が目を見開く番だった。
蓮っ葉な彼女の言動が少しだけ大人びたようだ。
「んじゃ、アタシはこれでお暇するか、な」
「ああ……ありがとう」
堤、芯子くん。
その言葉に、少しだけ彼女の目がきょろきょろと動いた。何かを言おうか言うまいか迷うような顔。
「何か?」
「……あー……アタシ、堤じゃないんだよな」
「うん?」
「……苗字、堤じゃなくて……」
「……結婚したのかい?」
「ん……」
こんなんでも、いちおーな。
そう言って笑った彼女は、記憶のどれに残る顔より、幸せに満ちたそれをしていた。
「ま、また来る時があったらそん時に、な」
「……ああ、そうだね……それでは」
「ん、じゃーな」
再び会うことはもう叶わないだろう。けれど、これでいい、とそう思った。
彼女が重い鉄の引き戸に手をかけ、そのまま、あー、と唸る。
「……くるコメ、アタシ、アンタを許せないけど」
別に嫌いじゃなかったよ。
扉が閉まった。パタン、と小さなゴムの音だけを残して。
彼女の出て行った扉を、暫くの間見つめていた。脇にあるナースコールを震える指で押し込めば、ワンコール、ツーコール、スリーコール目で『はい、どうしました?』と、看護師の声が聞こえる。
「……すみませんが、少し外が見たいんだ……お願い出来るかな……?」
※※※
病院を出て足早に歩く芯子。道の途中に据えてあるベンチから、その姿を見つけてはしゃく小さな子どもが居た。抱かれているにも関わらず、抱いている男をばしばしと小さな手でもって叩く。
「まぁー!」
それまでおとなしかった子が突然必死になって手を伸ばす様子に、クルクルパーマも振り向いた。芯子の姿を認めた一郎は叩かれながらもその口角を上げる。
「……お、おかえり……イッテェ! こら、パパを叩くな!」
「ただーいま。ほれ、母ちゃんとこおいで……っと」
大暴れする我が子に苦戦する一郎に、芯子が手を伸ばした。子どもの脇に手を差し入れて慣れた手つきでひょいと抱き上げる。
「いー子してたか?」
きゃっきゃと笑う子を抱き締めると、一郎が苦笑しながら溜め息をつく。さんざん髪の毛を弄ばれたのだろう。一郎があやす時はいつもそうだから。
「……どうだった? 久留米さんは」
「あー……がんだってさ。本人が言ってたよ」
「そうか……。何話した?」
「うん? んーとね……アンタが救われたっつってた話の女の子はアタシじゃないよ、って話とかー」
「お前なのに?」
「……あと、苗字が変わったって話とか」
一郎が噴き出す。
「結局言ったんか。あんだけ言わないっつってたくせに」
「でも! 誰とーとは言って、ない」
「……お前の優しさは伝わりにくいんだよ」
一郎の手が、芯子の頭を撫でた。
あの時芯子達の挫いた悪は、言い意味でも悪い意味でも久留米の生きがいだった。後悔など勿論ないが、それでも芯子には思うところがあったのだろう。
「……もし又今度があったら、そん時は、教えてやるよ」
「だな……。……おーおー寒いな! さっき工藤からメールがあってな、鉄っちゃんと一緒に年増園に居るってさ」
「昼から酒浸りか、お大臣だねーえ」
「鉄っちゃんがみぞれちゃんに会うための口実だろ」
先をスタスタ歩く芯子を見ながら、一郎はちらりと後ろに聳える病院を見る。もしあの時に久留米があの国家予算を手にしていたら、こんな病院ではなくもっと豪奢なところで余生を過ごしていたのかもしれない。
と、一郎が見上げた先にこちらを眺める影が一つ。あまりよくは見えないが、記憶にあるよりも大分痩せたその姿。
久留米だった。
一郎が小さく会釈をすれば、窓の向こうの人も頷くように返してくる。
一郎は、踵を返した。
「ってお前、歩くの早えーよ!」
「あー? アンタが遅いんだっちゅーの。早く来な」
※※※
窓から離れた久留米は、座り込んだ車椅子の上で微笑んだ。
「彼だったか……」
彼女が彼から取り上げて抱えたのは、恐らく彼らの子どもだろう。否、違っても構わない。己にとって倖せな夢であればいい。
「時代は、進んでいる……か」
とっとと若者に託せ、と言われた言葉が蘇った。
日本は、死ぬかもしれない。けれど、生きるかもしれない可能性があるならば、老害は矢張り朽ちるべきだろう。もう、思い残すこともない。
「ああ……一つだけ」
※※※
二係の面々が駆け込んだ時、久留米の命は尽きる寸前だった。それでも、なんとか生き繋いでいる。
「くるコメ……」
『久留米さんが、末期には君を呼んで欲しいと言っていたんだ。来てくれるかね』
茶々に呼ばれた芯子は、久留米の傍に寄る。
「……なんだよ、アタシを呼んでって」
「……」
芯子の後ろでは、一郎、工藤、明珍、金田が息を飲んでその様子を窺っている。
薄い息遣い。芯子がそこに耳を寄せると、微かな音が聞こえた。
お、め、で、と、う
「……っ」
「芯子……?」
口を引き結んだ芯子の手を、一郎が握る。
その手と、それから、芯子の頬に流れた一筋を見て、久留米は最期に笑みを浮かべた。
窓からは眩い光明が差し込む。
夜が沈み、新しい日の昇る、ある冬のことだった。
「……くるコメ……」
酷く押し殺したような声が、久方振りに鼓膜を打つ。最後にあったのは、いつだったか。もう流れる年月すら外の出来事になってしまって、時間すら曖昧で。
「待って、いたよ……」
その曖昧に永い時を、ただ君に逢うために生きた。
暁光に帰す
「……痩せたな」
「まあ、座りたまえ……」
そう、扉を開けた女性を促せば、彼女は唇を噛み締めながらベッドの脇の椅子に腰掛けた。
記憶にあるよりも、面差しが柔和になったように感じる。いい歳の重ね方をしているのだろう。
「ひさ……久しぶりだね」
掠れる声は聞きにくいだろうが、どうにも出来ない。それでも痰の絡んだ喉を震わせて、声を出す。
「……アンタにまた会うとは、な」
「なぜ、……来てくれたのかな」
「……呼んだの、アンタのくせに。あーったく、アンタのせいでアタシ、自首することになったんだよな」
返答は的を外していたが、それでもいい。彼女があの日切り捨てた自分との『会話』が今、続いている。
「どちらにしろ、自首はするつもりだったように思うがね……」
彼女は。
堤芯子は、自分が思っていたよりもずっと潔い女性だった。自分は世の中を牛耳るつもりでいたにも関わらず世の中の様子を知らずにいたことで、見事に潰された。彼女自身への脅しは意味をなさないことはわかっていた、それ故にあの課長補佐を、否、彼女以外の二係を彼女の安全を確保することによって操作しようとしたのだ。それも彼女の彼女たる信念にはやはり、無意味であったけれど。
そんな日々さえ懐かしい。
ふーっと息をついた彼女が、口を開く。
「アンタさあ、命を救われたとかなんとか言ってただろ。なんか勘違いしてそうだからゆっとくけど、それ、アタシじゃないから。自分でもっとよく探したほーがいーんじゃない? って言いに来た。これが今日きた理由」
で、アンタは何でアタシを呼んだの、と、問われる。
「……私は、ガンでね。末期だ……先も長くない」
「……」
「君にもう一度だけ会いたかった……それが、理由だ」
「……生きることを諦めるんだ」
「はは……もう、充分だ……充分」
命を捨てるなんて贅沢だ、と言った少女が居た。その言葉に、その少女に、救われた自分がいた。彼女は勘違いといったが、それでも構わない。自分にとってのあの少女は、紛れもなく目の前の彼女なのだから。
……ふと、気になった。
「……君は、今も会検で……?」
「ま……一応籍は置いてるけど? なんで」
「……茶々君に君に会いたい旨を伝えた時に……少し難しい顔をされてね……」
「ああ……そ」
もう居ないのかと思ったのだ、と言うと、続いてるけど、が返る。彼女にしては煮え切らない反応だ。
「他の面々も、元気かな……?」
「……優もそーめんかぼちゃも元気だよ。優は自分の力でなんかちょっと上に行ったけど、ちょくちょく会ってるし、そーめんかぼちゃは主任になったな。マメも元気だけど娘さんが反抗期って嘆いてる。……もー片方のシングルパーも、そこそこ、な」
新しい奴が一人入ったけどコイツがまたせーぎせーぎ五月蝿いんだ、と、彼女が笑った。
「……笑ってくれたね」
「は?」
面食らったような顔をした彼女に、自分も少し笑う。
「……あのさ、アタシはまだアンタを許せないし、これからも許せる日は来ないかも知れない。つか、来ないね」
「……だろうなあ……残念だが……」
「でも、一個だけ礼言っとくよ。……アタシをカイケンに呼んでくれたこと。アリガトさん」
今度は、此方が目を見開く番だった。
蓮っ葉な彼女の言動が少しだけ大人びたようだ。
「んじゃ、アタシはこれでお暇するか、な」
「ああ……ありがとう」
堤、芯子くん。
その言葉に、少しだけ彼女の目がきょろきょろと動いた。何かを言おうか言うまいか迷うような顔。
「何か?」
「……あー……アタシ、堤じゃないんだよな」
「うん?」
「……苗字、堤じゃなくて……」
「……結婚したのかい?」
「ん……」
こんなんでも、いちおーな。
そう言って笑った彼女は、記憶のどれに残る顔より、幸せに満ちたそれをしていた。
「ま、また来る時があったらそん時に、な」
「……ああ、そうだね……それでは」
「ん、じゃーな」
再び会うことはもう叶わないだろう。けれど、これでいい、とそう思った。
彼女が重い鉄の引き戸に手をかけ、そのまま、あー、と唸る。
「……くるコメ、アタシ、アンタを許せないけど」
別に嫌いじゃなかったよ。
扉が閉まった。パタン、と小さなゴムの音だけを残して。
彼女の出て行った扉を、暫くの間見つめていた。脇にあるナースコールを震える指で押し込めば、ワンコール、ツーコール、スリーコール目で『はい、どうしました?』と、看護師の声が聞こえる。
「……すみませんが、少し外が見たいんだ……お願い出来るかな……?」
※※※
病院を出て足早に歩く芯子。道の途中に据えてあるベンチから、その姿を見つけてはしゃく小さな子どもが居た。抱かれているにも関わらず、抱いている男をばしばしと小さな手でもって叩く。
「まぁー!」
それまでおとなしかった子が突然必死になって手を伸ばす様子に、クルクルパーマも振り向いた。芯子の姿を認めた一郎は叩かれながらもその口角を上げる。
「……お、おかえり……イッテェ! こら、パパを叩くな!」
「ただーいま。ほれ、母ちゃんとこおいで……っと」
大暴れする我が子に苦戦する一郎に、芯子が手を伸ばした。子どもの脇に手を差し入れて慣れた手つきでひょいと抱き上げる。
「いー子してたか?」
きゃっきゃと笑う子を抱き締めると、一郎が苦笑しながら溜め息をつく。さんざん髪の毛を弄ばれたのだろう。一郎があやす時はいつもそうだから。
「……どうだった? 久留米さんは」
「あー……がんだってさ。本人が言ってたよ」
「そうか……。何話した?」
「うん? んーとね……アンタが救われたっつってた話の女の子はアタシじゃないよ、って話とかー」
「お前なのに?」
「……あと、苗字が変わったって話とか」
一郎が噴き出す。
「結局言ったんか。あんだけ言わないっつってたくせに」
「でも! 誰とーとは言って、ない」
「……お前の優しさは伝わりにくいんだよ」
一郎の手が、芯子の頭を撫でた。
あの時芯子達の挫いた悪は、言い意味でも悪い意味でも久留米の生きがいだった。後悔など勿論ないが、それでも芯子には思うところがあったのだろう。
「……もし又今度があったら、そん時は、教えてやるよ」
「だな……。……おーおー寒いな! さっき工藤からメールがあってな、鉄っちゃんと一緒に年増園に居るってさ」
「昼から酒浸りか、お大臣だねーえ」
「鉄っちゃんがみぞれちゃんに会うための口実だろ」
先をスタスタ歩く芯子を見ながら、一郎はちらりと後ろに聳える病院を見る。もしあの時に久留米があの国家予算を手にしていたら、こんな病院ではなくもっと豪奢なところで余生を過ごしていたのかもしれない。
と、一郎が見上げた先にこちらを眺める影が一つ。あまりよくは見えないが、記憶にあるよりも大分痩せたその姿。
久留米だった。
一郎が小さく会釈をすれば、窓の向こうの人も頷くように返してくる。
一郎は、踵を返した。
「ってお前、歩くの早えーよ!」
「あー? アンタが遅いんだっちゅーの。早く来な」
※※※
窓から離れた久留米は、座り込んだ車椅子の上で微笑んだ。
「彼だったか……」
彼女が彼から取り上げて抱えたのは、恐らく彼らの子どもだろう。否、違っても構わない。己にとって倖せな夢であればいい。
「時代は、進んでいる……か」
とっとと若者に託せ、と言われた言葉が蘇った。
日本は、死ぬかもしれない。けれど、生きるかもしれない可能性があるならば、老害は矢張り朽ちるべきだろう。もう、思い残すこともない。
「ああ……一つだけ」
※※※
二係の面々が駆け込んだ時、久留米の命は尽きる寸前だった。それでも、なんとか生き繋いでいる。
「くるコメ……」
『久留米さんが、末期には君を呼んで欲しいと言っていたんだ。来てくれるかね』
茶々に呼ばれた芯子は、久留米の傍に寄る。
「……なんだよ、アタシを呼んでって」
「……」
芯子の後ろでは、一郎、工藤、明珍、金田が息を飲んでその様子を窺っている。
薄い息遣い。芯子がそこに耳を寄せると、微かな音が聞こえた。
お、め、で、と、う
「……っ」
「芯子……?」
口を引き結んだ芯子の手を、一郎が握る。
その手と、それから、芯子の頬に流れた一筋を見て、久留米は最期に笑みを浮かべた。
窓からは眩い光明が差し込む。
夜が沈み、新しい日の昇る、ある冬のことだった。
純粋な好意、というものに、どうにも弱い。好かれて嫌な気はしないんだけど、正直、参るね。下心が見え見えならいいんだけど、ただ告白されるだけってのは、堪える。なんでかっつうと、答えはカンタンで、アタシはその純粋な好意に対して返せるものを持ってないから。好きって言葉の重いこと。見返りなんか要らないなんて殊勝な顔をして、だから余計に困るだなんてきっと、わかっちゃないんだろ。「好きです」の後に「付き合って下さい」なんて付いてたら良かったのに。そしたら、断ってやれたから。でも、アイツがアタシのことが好きだって気持ちを、嘘だ、なんて無下には出来ない。
言ってくれなきゃ良かったのにな。アイツはアタシを「好きなのかもしれない」そんな曖昧なままなら良かったのに、な。
あーあ。
アタシはもう、考えなきゃいけない。
どーやってアンタを突き放すか、考えなきゃいけない。
言ってくれなきゃ良かったのにな。アイツはアタシを「好きなのかもしれない」そんな曖昧なままなら良かったのに、な。
あーあ。
アタシはもう、考えなきゃいけない。
どーやってアンタを突き放すか、考えなきゃいけない。