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漫画・小説・演劇・ドラマ、ジャンルも媒体も男も女も関係なく、腐った可愛そうな頭の人間が雑多に書き散らすネタ帳です。 ていうかあれだ。サイトに載せる前の繋ぎみたいな。

   
カテゴリー「お話。」の記事一覧
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「たっだいまー……」

 居間を覗くように入ってきた芯子の声で、うたた寝していたみぞれが目を開けた。時計を見れば、十七時。

「おかえりぃ、芯子姉ェ……頼んだの買ってくれた?」
「んー? うん。……何んな所で突っ立ってんの、入ればいーじゃん」

 芯子は、玄関に向かってそう言うと便所便所、とトイレを目指す。一方、客人かと眠い目を擦りながら玄関を見たみぞれは、そこに立つ見知った顔を視線に捉えてその瞳を丸くした。

「角松さん?」
「あ、ども」
「え、なんで……あ、とりあえずどうぞ入って! 芯子姉ェ! なんでお客さんに荷物持たせてんのー!」

 と、トイレに居る姉に向かって叫んだみぞれは、はたりと動きを止める。
 てっきり姉は、誰か、と夜を過ごしたのだと思っていた。そしてその誰かは、恐らく、工藤優なのだろうと早合点していた。しかし、昼間家に来た優の様子は思っていたものとは違い、なにより、姉が一緒でなかった。
 では、姉は今まで誰と一緒に居たのか? 母と首を傾げた疑問。その答え、もしかしてもしかすると…?

「みぞれ、何叫んでんだい全く……あら、あれあれ、芯子の勤め先の……」

 みぞれの声はどうやら母まで届いていたようだ。啄子はそれをたしなめるように居間に入ると、一郎の姿に目を止めた。

「あ、角松です」
「あれまあこんな寒いのに、それもしかすると、芯子に頼んだ……」
「あぁ、はい」
「本当にすみませんね、まったく……芯子! お客さんに何持たせてんだ!」

 角松から荷を預かった母も、トイレに続く廊下に向かって芯子を怒鳴った。よく似た母子である。
 角松は、荷を渡してしまうと所在なさげに立ったままで、やはりトイレの方を気にする。と、芯子がやっとトイレから出てきた。角松の表情が心なしか和らぐ。

「あー、スッキリした。……ったくかーちゃんもみぞれも、人が用足してる時にガーガーガーガーうっさいってのー」
「うっさいじゃないだろう全くこの馬鹿は、誰に似たんだかねえ」

 芯子は、卓袱台の前にどっかり腰を下ろすと、突っ立ったままの一郎を見上げる。

「シングルパーはいつまで立、ってん、の」
「いや、タイミングがな」

 居心地悪そうにしていた一郎は、とりあえず芯子の隣に腰を落ち着けた。

「ああ、パーといえば芯子、昼間に優君がうちに来たんだよ。用があるとかで直ぐ帰ったけど」
「え? ……あー、あとであれだ。連絡する。うん」

 目を背けながら卓袱台の上のせんべいを取って弄ぶ。都合が悪くなった時の芯子のごまかしかただ。
 啄子は、息を吐くと芯子の隣に座る一郎に視線を移した。

「それで、角松さんは何かうちに用事かなんかで? あ、もしかしてうちの馬鹿がまた何か!?」

 啄子の言葉に、芯子が憤慨する。

「またってなんだよ人聞きわりーな、それじゃまるでアタシがいつもいつもコイツにメーワク掛けてるみたいじゃん。違うっちゅーの」
「何が違うもんかね、掛けてるだろ、迷惑」
「だから、そっちじゃなくてー……」
「じゃあなんだい」

 だからぁ、その、と、芯子は煮え切らない。ここは俺がちゃんと説明すべきか、と一郎が口を挟もうとする。と。

「あの~……」
「あーアンタは口開かなくていー! ややこしくなる!」

 芯子は、一郎の口に食べかけのせんべいをぐっと押し込んだ。一郎はぐふ、だか、ぶは、だか呻く。

「何すんだ!」
「あーもーうっさいうっさい」
「……お母さん、なんか、二人とも妙に仲良くない?」
「……うん」

 そのやりとりを見ていた啄子とみぞれがそれぞれこっくりと頷き、居住まいを正した。
 実際はこのじゃれあいはいつでもどこでも年中無休だが、そうとは知らない二人から見れば、上司と部下にしては仲の良すぎる光景に見える。

「……芯子、もしかして」
「ん?」
「芯子姉ェやっぱり……」
「な、なに」
『こっちのパーなの!?』

 途端に芯子の顔にバッと朱が差した。
 へぇ……はーあぁそうなんだ、と何やら完結している二人に、芯子が食ってかかる。

「なになになになんか文句あんのー!?」
「いやいや、文句なんか言ったら罰当たるよ、アンタ」
「ハァ!?」
「角松さん、芯子姉ェをよろしくお願いします」

 あ、はい、とみぞれと啄子に返した一郎に、芯子が鼻を鳴らす。

「何照れてんの芯子姉ェ」
「ばっ、照れてない!」
「本当だよいい歳して赤くなって」
「いい歳って何だよ!」

 散々二人にからかわれた芯子は、バン、と卓袱台を叩くと勢いよく立ち上がる。そのまま、もーいい! と二階にドタバタ駆け上がってしまった。
 ちょっとやりすぎたか、とみぞれが追いかける。
 ……。

「あのー角松さん」
「はい?」

 二人が出て登って行った方を見つめていた一郎に、啄子が声をかけた。向き直った一郎に、啄子が頭を下げる。

「芯子のこと、よろしくお願いします。……あんなんですけど、根は、いい子ですから」
「……わかってます」

 此方こそよろしくお願いします。
 挨拶を終えた二人が、上で叫ぶ姉妹の声に、どちらともなく顔を見合わせ、笑った。
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 くぁあ、と大きく欠伸をした芯子は、汗ばんだ首筋に手を這わせた。自分のではなく、一郎のそれに、である。
 中年男が出っ張った腹か、と思っていたが、この男は意外にも記憶に違わない身体つきを維持している。いい意味で。それに、身体の相性もこれまでの数えられるどの男よりいいのだろう。

(ま、あいっかわらず耐え性はないけど、な)

※※※

「アタシさ、嫌いじゃナイんだよねえ」

 芯子は、それだけ呟くと徐に一郎の服を捲り上げた。狼狽える男には構わず、見えた肌に顔を寄せ、吸いつく。
 強めに舌を使えばそこには鬱血の小さな跡。それをなぞって、芯子は唇を舐めた。

「アンタとするの」

 芯子は上体を起こすと、仰向けの一郎の腰に跨がるように座った。そのままゆらゆらと身体を動かす。

「お前、あんま煽んないでもらえねーかな……。……ッホント、余裕ないのよ俺……」
「嫌いじゃナイっつってんのに、なーんでそんなコトゆーわけ?」
「そりゃ俺はいい。……気持ちいいしな。挿入れて動くだけだし。でも、お前、久しぶりで辛くないか?」
「……っとに、パー……」

 好きだのなんだの言う癖に、アタシに惚れてる癖に、自分本位で動こうとはしない。そんなところに少し苛立つ。普段言い合いをしているときのような距離がいいのに。

「パーってなんだ、俺はお前を心配して、」
「脱げ」
「聞け!」
「いーから、脱ーげってほらほら」

 もうホントお前知らないからな、途中で止めるとか言われても無理だぞ、と再三に渡って言われた芯子は、実にうざったそうにハイハイと答えると昨日のようにズボンに手を掛け、前を寛げていく。観念したのか諦めたのか解らない一郎は、それでも上は脱ぐことなく、ただその芯子の様子を目で追った。
 芯子が、一郎のソレを取り出してさする。

「どーでもいーけど、アンタパンツまでだっさい、な」
「なんでだよ、可愛いだろ、ピンクで」
「いーとしこいた上司が蛍光ピンクでアヒル柄の下着穿いてるとか、絶対ヤだ」

 昨日見てたら萎えてたカモ。
 冗談混じりな口調でそう言って、勃起しかけているそれを指でつついたり、撫でたり唇でなぞったりと弄ってから、握り込んだ。
 尿道の穴を攻め、そこから滲み出たものを周りに塗り付ける。時々思い出したようにペロリと亀頭を舐めたり雁首を弄る気紛れさが、猫のようだ。
 口に含んでくちゅくちゅと唾液まみれにして下の袋も舐る。
 伏せた睫毛、器用に動く舌、掛かる吐息のなま暖かさ、さらさらと纏わる横だけ下ろした髪。
 自分のモノが出し入れされる様が卑猥で、一郎は喉を鳴らした。

「芯子、も、いいから」
「ひゃんひぇ」
「ッ……喋るな……!」

 口一杯に頬張ったモノをズルリと出した芯子は、唇に付いた唾液だか体液だかを舐めとる。
 そのまま、自分のズボンと下着を脱いだ。

「なーんかアンタやる気なさそーだ、し……好きにするからな?」

 言うが早いか、慣らしていない自分のそこに一郎のソレをあてて、重心を落とす芯子に一郎が瞠目した。

「おま……」
「あ……ん……ンン……」

 口に一物を含みながら芯子自身濡れてはいたのだろうが、それでもつい昨日まで久しく閉じていたそこにある程度太さのあるそれを入れるのは難しいようだ。膝を折りながらゆっくりと埋めていく。

「ン、……いちろうさん、」
「え」

 ふいに名前を呼ばれて、一郎が間の抜けた声を出した。芯子の瞳が訝しげに一郎を捕らえる。

「なに、なま、え、よばれたいん……でしょー……? ぁっ……やっば……」

 きもちいい、と、腕で身体を支えながら腰を上下させる芯子を、一郎はじっと見詰めた。そして、芯子の上下するリズムに合わせて、一郎も腰を使う。

「あっ、や、だ……ぁ」
「何が嫌なんだよ、こんな……あーも……知らねーって俺言ったからな!」

 一郎はベッドから上半身を上げ、洋服ごと芯子を掻き抱くと深く腰を打ち付けた。

「ぁああッ……っぅ!」
「く……」

 子宮口を抉るように穿つ。一郎の耳元では、芯子がひっきりなしに喘ぎ、細いうではその首にしがみついた。
 芯子が強請る口付けに応えて口内を舐り、騎乗位だった体位をその身体を押し倒して正常位に換えて脚を持ち上げると更に腰を入れる。
 奥に届く度に、芯子が身悶えた。

「ぁッあ、……ぅん……!」
「く……ぅ……芯子……ッ!」
「……ッひぁ……ッ」
「うゎ、ッ」

 一郎は、一瞬狭まった芯子の中で、耐えきれず精を放つ。歪んだその顔と突然緩やかになった動作に、芯子が唇を尖らせた。

「……」
「……すみません……」
「ほんっと……相変わらずはやーい、な……」
「う……」
「……どーすんの、抜くの、抜かないの」

 芯子の言葉に、一郎はふっとだらしなく笑みを浮かべるとその身体を抱え直した。

※※※

「……しーんぐーるぱー……」

 添えた手が、鎖骨を辿る。芯子はそこに唇を寄せると、きつく吸った。二つ目の跡。
 一郎の眉が寄り、目蓋が持ち上がる。

「んー……?」
「腰、おっもいんだけど」
「うん……」
「もー三時なんだけど?」
「……マジで?」
「マジで。風呂入って、買い物付き合って」

 だるい重いを繰り返しながら、芯子はよたよた浴室へ向かった。

「あー……シーツの替えどこだっけなあ……」

 芯子の後ろ姿を見ながら呟いた一郎は、置きっぱなしだった仕事鞄に目を向ける。

「携帯の充電もしてねーや……」

 気怠い身体を動かして、鞄を取る。中から出した携帯を開けば、一件の着信があった。相手は、工藤優。
 一郎の胸がずくりと動いた。ああそうだ、堤芯子に惚れているのは、自分ばかりではない。

「話つけねーとな……」

 意を決した一郎、の後ろで、あー、と芯子の声がした。振り向くと至近距離に顔があり、一郎は目を見開く。全く気配を感じなかった。

「だれからの連絡いっしょーけんめい見てんのかと思ったら……」
「……」
「……アタシが選んだのは、アンタだよ」

 後ろからわしわし髪を混ぜられる。

「ああ……」
「……あーもうっ、ほら! いつまでもジメジメしてないでとっととケツ上げな、シーツ洗うんだから! アンタの服も一緒に洗濯しちゃうから、全部脱いで洗濯機入れとけ」
「ってお前素っ裸になったら風邪、」
「い、ち、ろ、う、さん」
「だから最後まで、」
「お風呂、一緒に入ってアゲルから、中で待・っ・て・て」
「……!」

 ちゅ、と一郎の頬に口付けた芯子は、ズボンだけ穿くと、トタトタ台所を横切りベランダに出て自分の下着と洋服を取り込む。
 お天道様がよく射し込んでいたおかげで着られる程度には乾いていた。
 冬の強く暖かい日差しは今もベランダに降り注いでいる。

「……んー……まぶしーね、こりゃ」

 芯子は空を仰ぐと、一郎への電話の主を思い浮かべた。

 芯子さん、好きです。
 そう言った優が本気だなんて、そんなのとっくに知っている。それでも、芯子が選んだのは、優ではなかった。

(アタシが、選んだのは)

「我ながら、よくわかんない趣味してる、な」

 芯子は、風呂場で待つであろう恋人を思い返して笑みを零し、そしてもう一度、もう一人のシングルパーに思いを馳せた。

(優。アタシ、アンタに言わなきゃなんないことがある)
 電話を切ったみぞれは、じっとその携帯に目を落とし、にんまり口角を上げた。

「……」

 姉は昔よく家を飛び出していた。母との折り合いが悪かったわけでも、妹である自分との間に溝があったわけでもない。
 ただそんな放浪癖のあるような姉だったから、年に何度かしか帰って来ないこともあった。それこそ今回のように何も言わずに出て行ってそれっきりなんてことも、だ。
 けれど、今回だけは絶対に違う。確信を持ってそう思っていたみぞれは、昨日とうとう連絡もなく帰らなかった姉に、また飛び出して帰って来ないのではないか、という心配はしていなかった。
 一日帰って来なくとも騒ぎ立てるほど子供ではないし、今回は、むしろ。

(このまんま、ゴールインしてくれたらいいなあ)

 そう思うのは、姉が具体的に誰と居るのか、はわからずとも雰囲気から某かを感じとった妹としてである。
 姉ももういい歳だ。刑務所暮らしが長かった故に婚期を逃したなんて、言わせたくない。
 勿論、姉が幸せなら別に無理に結婚しろとは言わないけれど、けれど、だって、あの姉が満更でもないのなら、応援したいと思うから。

「みぞれ、芯子の奴電話出たかい?」
「うん、夕方か夜には帰るって」

 昼食のおかずを食卓に並べながら、母にそう伝える。店をあけるのは昼を過ぎてから。それまでは暇があるのだ。

「朝には帰ってくるかと思ったら、まったく」

 悪態をつく母も、本気で怒っているわけではない。それがわかるみぞれはくすくすと笑うと箸をとった。

「いただきます」
「はいよ」

 煮浸しに手を伸ばしたみぞれ、そして今まさに座ろうとした啄子が、玄関の戸をたたく音で動きを止める。

「誰だろ?」
「……回覧板とか?」

 啄子がトタトタと玄関へ向かい、その戸を開ける。と、そこにいた人物に啄子が間の抜けた声を出した。

「あれ……」
「あ、こんにちは」

 その聞き慣れた声に、みぞれもひょいと顔を出す。

「ん? ……優くん!?」

 そこに立っていたのは芯子を慕う年下男であり、そしてみぞれと啄子がまさに今の今まで芯子と伴に居ると信じて疑わなかった、工藤優その人だった。

「あの……芯子は……」
「あ、芯子さんまだお休みですか……?」

 優の目線が玄関のすぐ近くにある階段の上に向けられる。

「え、じゃなくて……優くん、芯子姉ェと一緒じゃなかったの!?」
「え? はい、芯子さんとは昨日庁舎で別れたきりで……もしかして、昨日から帰ってないんですか……?」
「ていうか、てっきり優くんと一緒に居るもんだとばっかり……」

 みぞれの言葉に優が唇を噛んだ。

「優くん……? あ、芯子姉ェに電話してみたら、夕方か夜には帰るって言ってたんだけど……」
「早めに帰るように連絡するかい?」
「あ、いえ」
「……じゃ、じゃあ、ご飯だけでも食べて帰ったら……?」
「え、と、お昼食べてきたので、大丈夫です、すみません……あ、私用の前にちょっと寄っただけなので、これで失礼します!」

 お邪魔しました。
 ぺこりと頭を下げて、堤家を跡にした優。残されたみぞれと啄子には、疑問が残された。

(いま、誰とどこに居るんだろう……?)

※※※

 芯子のことだから、仕事納めの翌日ならば昼頃まで寝ているのではないか、そう考えて悠々と足を運んだ自分が滑稽に思える。だって、彼女は、帰宅してすら居なかった。
 そして恐らく、自分はその居場所に心当たりがあるのだ。

 優は芯子の実家から少し離れた場所で、電話をかけた。
 表示された名前は『角松一郎補佐』。何度も呼び出して居るが、出る気配はない。
 勿論、芯子と一郎が伴に居ない可能性だってある。というか、伴にいるというその可能性を想像するのは自分と金田くらいかもしれない。それでも、確信する。

「……負ける気はないんだけど、なあ」

 閉じた携帯に、ため息をついた。
 芯子は、一郎の前の椅子行儀悪く腰掛けると、箸を取っておかずをぱくぱく摘んでいく。
 一郎も取り落としたジャガイモを皿から拾い上げて、口に運んだ。ふと、窓の外に目を向ける。すると、干した覚えのない、一郎のYシャツに下着、芯子の脱いだであろうそれらがベランダで棚引くのが見えた。

「洗濯、してくれたのか」
「んー……? ま、そのまんまにしとけねーだ、ろ? アタシのだけ洗っても良かったんだけどな」

 ついでだよ、ついで!
 大したことじゃない、と明後日を向く芯子に、笑った。

「何笑ってんの……。つか、アンタんとこ食い物なさすぎ」
「今日買いに行こうとこ思ってたんだよ……。まあ、どうせ一人だからな、出来合いの物で済ませてもいいし」

 それとも作ってくれんのか? と半ば本気で訊くと、調子に乗んな、と一蹴されて少し凹む。それなら煮物と味噌汁はとっておこうかと思ったが、煮物は既にほぼ胃袋の中であった。
 取りあえず膨れた腹を抱えて人心地つく。

「もう、帰るのか?」
「ん? んー……あー……そういやあ、連絡してないな」
「連絡……って、家にか? 電話とか……メールは!?」
「いーれーてーない」

 だって、泊まるつもりなかったし? そう言われてしまうと、返す言葉もない。

「けどなあ……」
「あーのさ、アタシだって良い大人なんだっつの。十代のガキの家出じゃねーんだから、一日やそこら帰らなかったからってどってことないんだ、よ! ……大体、昔は家帰ってるほーが珍しかったんだから」

 芯子はそう言いながら立ち上がり、食器を片付けていく。一郎もそれに倣うと、台所に並んだ。

「メールでも電話でも着てるかも知れないだろ、片付けくらい俺がやるから、連絡してこいって」
「……はいはい、ったく……わかりましたよ」

 面倒くさい、と言いながら、芯子は一郎の部屋に落としたままのコートから携帯電話を取りに行く。

「着信はー……っと……」

 開いて、息を呑んだ。

「着てるし」

 そこには、みぞれからのメール。件名には『お母さんが』とあって、芯子は少し心臓が早くなるのを感じた。
 何かあった?
 本文を開く。

『帰ってくるときに、お雑煮に入れるお肉買って来てだって~』
「……」

 えらいキラキラのデコレーションメールで、そんなお願い。
 ベッドに携帯を投げ、息を吐くと自分もそこに身体を預けた。ぼす、と空気の抜ける音。

「どうだった? ……って何うずくまってんだよ」
「……べっつに……」

 洗い物を終えて部屋を覗いた一郎が、ベッドに突っ伏す芯子を見て近寄る。

「着てたんだろ? 何だって?」
「……正月の食い物買ってこいって、さ」
「それでなんでお前そんなんなってんだよ」
「……」

(だってまるで、家に帰るのが当たり前みたいじゃん)

 これまでどれだけ掛けたメイワクか判らない。母にしろ、妹にしろ、このお人好しの男にしろ、見放されて当然の自分であるにも関わらず幾度も居場所を与える。与えてくれる。
 それを、今、ふと感じて胸が熱くなった? そんなの、アタシらしくない。

「……んなカッコで帰ったら何つってからかわれるかわっかんねえなあ、と思って、溜め息吐いてたんだ、よ……」

 背中越しに、咄嗟に思いついた理由で悪態をつく。と、一郎が笑ったのが空気で解った。

「なに、笑ってんの」
「いや、なんか」

 一郎は、ベッドを挟んで反対側から上半身だけそれに乗り上げると芯子に手を伸ばした。
 いやいやと首を振る芯子に構わず、こっち向けって、とその頭を捕まえる。
 そらした視線すら愛しいといったら、バッカじゃねえーの! とでも言われるだろうか。

「じゃあ、乾くまで居たらいい」
「……さっき干したばっかなんだよ? どんだけ時間かかんだっつの」

 ……そ、れ、と、も、何か暇つぶすよーな楽しいコト、する?
 芯子が、挑戦的な目で一郎を見、頭から頬に移動したその手に触れた。
 ごく、と一郎の喉が鳴って、芯子が、よし、このまま主導権を握ってしまえ、と思ったのも束の間、一郎が頬に添えた手でもって、そこを軽く挟んで引っ張った。

「っひゃ、にゃにすんだ!」

 芯子は驚いて、目をつり上げてその手を振り払う。
 一郎は、再び笑顔に戻り、芯子の頬をゆっくりと撫でた。

「お前、都合悪くなるとすぐそうやって人を誘うみたいにして話逸らすけどなあ……」

 よっこいしょ、とベッドに乗り、仰け反る芯子を逃がさまいと捕まえる。

「なになに、なんだよ、もう……っ」
「……なんでもねーや……なあ、キスしてもいいか?」
「はぁ?」
「したくなった、お前の顔見てたら……駄目か?」
「……」

 逡巡した芯子の瞼がゆっくり降りる。一郎が、顔を近付けた。
 三センチ、二センチ、一センチ、触れる瞬間に、ベッドの上の携帯電話が震えて、一郎が飛び上がる。

「うぉッ!? あ、な、なんだケータイか……」
「……ビビりすぎだろ。……それ、取って」

 一郎が携帯を渡すと、芯子が開いて耳に当てる。
 もしもし、ああみぞれ。ん? 見ーた。買ってかえりゃいーんだろ? え、なに? 帰り? ……んー。

 ちらっとベッドを見れば、心臓あたりを押さえて溜め息を吐き出している一郎の姿。それを見た芯子は、電話の向こうにいる妹に向かって言った。

「ゆーがたか、夜になりそーだな。帰るときまた連絡する。んーじゃーね、はい」

 電話を切ると一郎が驚いたように此方を見ていた。芯子は、携帯を横に放ると、ベッドに上がる。洗っていないシーツはなんだかゴワついてあまり気持ちのよいものではないけれど、夕方洗って干して帰ればいい、と思った。
 一郎の上にのり、抱きつくような体勢になると、そこから伸び上がって一郎の唇に自分のそれを落とす。目を閉じて少し口を開けば、触れるだけのキスは簡単に深いものに変わった。

「ん……」

 一郎の腕が芯子を抱く。
 もらう居場所のなんと心地いいことだろうか。

「あー……そんな風に乗られるとな、キスだけじゃ収まらないんですけども……」

 一郎が少し首を持ち上げれば、広めに開いた男物の服からバッチリ見える下着をつけないままの胸の輪郭。

「収めなきゃーいーんでないの?」

 ふふん、と微笑んだ芯子は、再度一郎に口付けた。
 芯子が目を覚ますと、ベッドサイドのボードで目覚まし時計がけたたましく鳴っていた。芯子を力無く抱え込む男は、そんな騒音の中でも一切起きる気配を見せない。

「……うっせー……な……」

 一郎の腕を退けた芯子は、その身体を跨ぐようにして時計に手を伸ばし、アラームを切る。
 毛布にくるまって腕に抱かれていた時には気付かなかったけれど、冬の朝の寒さは裸の身には辛いものがある。
 起こした身体は節々が痛いし、色々なところがベタベタして気持ちが悪い。腰には久しぶりに違和感があり、芯子は、ふん、と鼻を鳴らした。

「……とりあえず……風呂!」

 勢い勇んで裸のままベッドから降りる。と、下半身、太ももに、何か、伝う感触。

「……忘れてた……」

 コンドームがなかったため、ナマでやって、ナカに出されたのだ。

「……」

 出されたことは構わないが、せめて後始末くらいしろと、後ろで寝転ける男を睨んだ。
 一人気持ちよさそうに寝やがって、揺り起こしてやろうか、とのそのそ傍に戻ると、むにゃむにゃ動く口元。

(アタシの名前でも呼んでなら、ま、許してやるかね)

 そっと耳を近付けた芯子が、呟きを聴く。

「……しん……こ」
「……ふー……ん」

 可愛いとこもある、と、少し頬を染めた芯子の耳に、続く言葉。

「はら……」
「ん?」
「へった……」
「……そりゃ、こっちのセリフだっちゅーの!」

 芯子は憤慨して叫ぶ。

(こちとら、昨日の夕方からなーんにも食ってないんだ、よ! 誰かさんのせーでっ!)

 一郎が時計にも気付かず爆睡している理由は十中八九あの運転のせいだろう。慣れないことに神経を使った上に、(奴の言葉を信じるなら)久しぶりのセックスでまさに精も根も尽き果てたのだろうことは想像するに難くない。
 けれど、だ。芯子だって、あの車内での突然の口付けに動揺していなかった訳ではない。
 思わず一郎の家まで来てピッキングして部屋の中まで入り込んだ。なかなか帰ってこない部屋の主を待っていた時、正確に言えば口付けされてから今まで、何も口にしていないのだから、一郎よりも確実に腹が減っているのだ。

「……めし……」

 あーもー!

「しょーがねーなー……」

 芯子は一郎を起こすことなく、ベッドから降りる。下に落ちていた一郎のシャツで下肢を軽く拭い、それを持って風呂場に駆け込むと、シャワーのコックを捻った。
 頭からつま先まで綺麗に洗い清めて、ナカの残骸は指を突っ込んで掻き出す。
 さっぱりとして鏡を見ると、白い肌に一つだけ赤い徴が咲いていた。
 それを指でもってなぞって、口角を上げる。

「さーて、と」

 風呂場から出た芯子は、タオルで粗方水分をとり、それをグルグル巻き付けて一郎の眠る部屋へ戻った。

「まーだ寝てんのか」

 ソイツを横目で見て、一郎のクローゼットを開ける。パンツだけはどうにもならんな、と息を吐いて、仕方ないので袋に入っていた新しい、男ものの下着を身につけた。洋服も見繕い、落ちている服を拾って再び風呂場へ。洗濯機き二人分放り込み、ガラガラ回っている間に髪を乾かす。
 腰の違和感は否めないのに、それを意識すると何故か、頬が弛むので考えないようにした。

※※※

 台所へ移動して冷蔵庫を漁る、と、年末だというのに……否、年末だからだろうか?

「……なーんもないな」

 とりあえず、米を炊飯器に任せてから、あったもので味噌汁をつくる。冷蔵庫には豆腐が一丁。半分賽の目に切って味噌汁に入れて、半分は葱をたくさん乗せて出してやればいい。
 ジャガイモ、人参、それからインゲン。

(煮物好きっつってたっけ)

 鍋にゴロゴロ具を入れて、煮込んで味をつけて、火を止め少し冷ます。

 洗い終わった洗濯物をベランダに吊すと、風が凪いで気持ちが良い。

 台所へ戻れば、炊飯器が鳴った。味噌汁に、最後の仕上げに味噌を入れて、豆腐を入れて。すると、ちょうどよく、今度は部屋でもの音がした。

(……よし)

 ガスを止めて、一郎のいる部屋へ向かう。開けたままのドアの向こうで、時計に手を伸ばす一郎の姿。

「起きたか?」

 後ろから声を掛けてやる、と、驚いたのだろう一郎が時計を取り落とした。

(ほーんとに夢だとでも思ってたのかね)

「なーに、そのカオ。風呂沸いてるから入ってきな、ひっどいカッコしてるよー?」

「ゆ、めじゃなかったのか……」

 夢なわけあるか、この違和感が、それからこの赤い徴が。

「アンタさー、時計あんだけ煩いのに、なんで起きないかね~?」

 その音に起こされて、一郎の寝言に急かされて、飯まで作った芯子が呆れたように呟いた。

「お前……か、身体、平気か……?」
「はぁ?」
「いや、……だから」
「起きたら身体中ベトベトだし、へんなトコ筋肉痛だし。立ったらなんか出てくるし誰かさんはぐーすか寝てるし? ……ま、いーけど」

 いーけど、の理由が、寝言でアタシの名前を呼んだからだとは言ってやらない。

 もういい加減腹も減った。
 くるりと一郎に向き直った芯子は、お玉を肩に担ぐと片手で一郎の胸あたりを強く押し、風呂場へ追いやる。

「とりあえず、風、呂、入、れ」

 話は、それから、だ。


 彼が起きるまでの、彼女の話。
   
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