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漫画・小説・演劇・ドラマ、ジャンルも媒体も男も女も関係なく、腐った可愛そうな頭の人間が雑多に書き散らすネタ帳です。 ていうかあれだ。サイトに載せる前の繋ぎみたいな。

   
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 電話を切ったみぞれは、じっとその携帯に目を落とし、にんまり口角を上げた。

「……」

 姉は昔よく家を飛び出していた。母との折り合いが悪かったわけでも、妹である自分との間に溝があったわけでもない。
 ただそんな放浪癖のあるような姉だったから、年に何度かしか帰って来ないこともあった。それこそ今回のように何も言わずに出て行ってそれっきりなんてことも、だ。
 けれど、今回だけは絶対に違う。確信を持ってそう思っていたみぞれは、昨日とうとう連絡もなく帰らなかった姉に、また飛び出して帰って来ないのではないか、という心配はしていなかった。
 一日帰って来なくとも騒ぎ立てるほど子供ではないし、今回は、むしろ。

(このまんま、ゴールインしてくれたらいいなあ)

 そう思うのは、姉が具体的に誰と居るのか、はわからずとも雰囲気から某かを感じとった妹としてである。
 姉ももういい歳だ。刑務所暮らしが長かった故に婚期を逃したなんて、言わせたくない。
 勿論、姉が幸せなら別に無理に結婚しろとは言わないけれど、けれど、だって、あの姉が満更でもないのなら、応援したいと思うから。

「みぞれ、芯子の奴電話出たかい?」
「うん、夕方か夜には帰るって」

 昼食のおかずを食卓に並べながら、母にそう伝える。店をあけるのは昼を過ぎてから。それまでは暇があるのだ。

「朝には帰ってくるかと思ったら、まったく」

 悪態をつく母も、本気で怒っているわけではない。それがわかるみぞれはくすくすと笑うと箸をとった。

「いただきます」
「はいよ」

 煮浸しに手を伸ばしたみぞれ、そして今まさに座ろうとした啄子が、玄関の戸をたたく音で動きを止める。

「誰だろ?」
「……回覧板とか?」

 啄子がトタトタと玄関へ向かい、その戸を開ける。と、そこにいた人物に啄子が間の抜けた声を出した。

「あれ……」
「あ、こんにちは」

 その聞き慣れた声に、みぞれもひょいと顔を出す。

「ん? ……優くん!?」

 そこに立っていたのは芯子を慕う年下男であり、そしてみぞれと啄子がまさに今の今まで芯子と伴に居ると信じて疑わなかった、工藤優その人だった。

「あの……芯子は……」
「あ、芯子さんまだお休みですか……?」

 優の目線が玄関のすぐ近くにある階段の上に向けられる。

「え、じゃなくて……優くん、芯子姉ェと一緒じゃなかったの!?」
「え? はい、芯子さんとは昨日庁舎で別れたきりで……もしかして、昨日から帰ってないんですか……?」
「ていうか、てっきり優くんと一緒に居るもんだとばっかり……」

 みぞれの言葉に優が唇を噛んだ。

「優くん……? あ、芯子姉ェに電話してみたら、夕方か夜には帰るって言ってたんだけど……」
「早めに帰るように連絡するかい?」
「あ、いえ」
「……じゃ、じゃあ、ご飯だけでも食べて帰ったら……?」
「え、と、お昼食べてきたので、大丈夫です、すみません……あ、私用の前にちょっと寄っただけなので、これで失礼します!」

 お邪魔しました。
 ぺこりと頭を下げて、堤家を跡にした優。残されたみぞれと啄子には、疑問が残された。

(いま、誰とどこに居るんだろう……?)

※※※

 芯子のことだから、仕事納めの翌日ならば昼頃まで寝ているのではないか、そう考えて悠々と足を運んだ自分が滑稽に思える。だって、彼女は、帰宅してすら居なかった。
 そして恐らく、自分はその居場所に心当たりがあるのだ。

 優は芯子の実家から少し離れた場所で、電話をかけた。
 表示された名前は『角松一郎補佐』。何度も呼び出して居るが、出る気配はない。
 勿論、芯子と一郎が伴に居ない可能性だってある。というか、伴にいるというその可能性を想像するのは自分と金田くらいかもしれない。それでも、確信する。

「……負ける気はないんだけど、なあ」

 閉じた携帯に、ため息をついた。
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 芯子は、一郎の前の椅子行儀悪く腰掛けると、箸を取っておかずをぱくぱく摘んでいく。
 一郎も取り落としたジャガイモを皿から拾い上げて、口に運んだ。ふと、窓の外に目を向ける。すると、干した覚えのない、一郎のYシャツに下着、芯子の脱いだであろうそれらがベランダで棚引くのが見えた。

「洗濯、してくれたのか」
「んー……? ま、そのまんまにしとけねーだ、ろ? アタシのだけ洗っても良かったんだけどな」

 ついでだよ、ついで!
 大したことじゃない、と明後日を向く芯子に、笑った。

「何笑ってんの……。つか、アンタんとこ食い物なさすぎ」
「今日買いに行こうとこ思ってたんだよ……。まあ、どうせ一人だからな、出来合いの物で済ませてもいいし」

 それとも作ってくれんのか? と半ば本気で訊くと、調子に乗んな、と一蹴されて少し凹む。それなら煮物と味噌汁はとっておこうかと思ったが、煮物は既にほぼ胃袋の中であった。
 取りあえず膨れた腹を抱えて人心地つく。

「もう、帰るのか?」
「ん? んー……あー……そういやあ、連絡してないな」
「連絡……って、家にか? 電話とか……メールは!?」
「いーれーてーない」

 だって、泊まるつもりなかったし? そう言われてしまうと、返す言葉もない。

「けどなあ……」
「あーのさ、アタシだって良い大人なんだっつの。十代のガキの家出じゃねーんだから、一日やそこら帰らなかったからってどってことないんだ、よ! ……大体、昔は家帰ってるほーが珍しかったんだから」

 芯子はそう言いながら立ち上がり、食器を片付けていく。一郎もそれに倣うと、台所に並んだ。

「メールでも電話でも着てるかも知れないだろ、片付けくらい俺がやるから、連絡してこいって」
「……はいはい、ったく……わかりましたよ」

 面倒くさい、と言いながら、芯子は一郎の部屋に落としたままのコートから携帯電話を取りに行く。

「着信はー……っと……」

 開いて、息を呑んだ。

「着てるし」

 そこには、みぞれからのメール。件名には『お母さんが』とあって、芯子は少し心臓が早くなるのを感じた。
 何かあった?
 本文を開く。

『帰ってくるときに、お雑煮に入れるお肉買って来てだって~』
「……」

 えらいキラキラのデコレーションメールで、そんなお願い。
 ベッドに携帯を投げ、息を吐くと自分もそこに身体を預けた。ぼす、と空気の抜ける音。

「どうだった? ……って何うずくまってんだよ」
「……べっつに……」

 洗い物を終えて部屋を覗いた一郎が、ベッドに突っ伏す芯子を見て近寄る。

「着てたんだろ? 何だって?」
「……正月の食い物買ってこいって、さ」
「それでなんでお前そんなんなってんだよ」
「……」

(だってまるで、家に帰るのが当たり前みたいじゃん)

 これまでどれだけ掛けたメイワクか判らない。母にしろ、妹にしろ、このお人好しの男にしろ、見放されて当然の自分であるにも関わらず幾度も居場所を与える。与えてくれる。
 それを、今、ふと感じて胸が熱くなった? そんなの、アタシらしくない。

「……んなカッコで帰ったら何つってからかわれるかわっかんねえなあ、と思って、溜め息吐いてたんだ、よ……」

 背中越しに、咄嗟に思いついた理由で悪態をつく。と、一郎が笑ったのが空気で解った。

「なに、笑ってんの」
「いや、なんか」

 一郎は、ベッドを挟んで反対側から上半身だけそれに乗り上げると芯子に手を伸ばした。
 いやいやと首を振る芯子に構わず、こっち向けって、とその頭を捕まえる。
 そらした視線すら愛しいといったら、バッカじゃねえーの! とでも言われるだろうか。

「じゃあ、乾くまで居たらいい」
「……さっき干したばっかなんだよ? どんだけ時間かかんだっつの」

 ……そ、れ、と、も、何か暇つぶすよーな楽しいコト、する?
 芯子が、挑戦的な目で一郎を見、頭から頬に移動したその手に触れた。
 ごく、と一郎の喉が鳴って、芯子が、よし、このまま主導権を握ってしまえ、と思ったのも束の間、一郎が頬に添えた手でもって、そこを軽く挟んで引っ張った。

「っひゃ、にゃにすんだ!」

 芯子は驚いて、目をつり上げてその手を振り払う。
 一郎は、再び笑顔に戻り、芯子の頬をゆっくりと撫でた。

「お前、都合悪くなるとすぐそうやって人を誘うみたいにして話逸らすけどなあ……」

 よっこいしょ、とベッドに乗り、仰け反る芯子を逃がさまいと捕まえる。

「なになに、なんだよ、もう……っ」
「……なんでもねーや……なあ、キスしてもいいか?」
「はぁ?」
「したくなった、お前の顔見てたら……駄目か?」
「……」

 逡巡した芯子の瞼がゆっくり降りる。一郎が、顔を近付けた。
 三センチ、二センチ、一センチ、触れる瞬間に、ベッドの上の携帯電話が震えて、一郎が飛び上がる。

「うぉッ!? あ、な、なんだケータイか……」
「……ビビりすぎだろ。……それ、取って」

 一郎が携帯を渡すと、芯子が開いて耳に当てる。
 もしもし、ああみぞれ。ん? 見ーた。買ってかえりゃいーんだろ? え、なに? 帰り? ……んー。

 ちらっとベッドを見れば、心臓あたりを押さえて溜め息を吐き出している一郎の姿。それを見た芯子は、電話の向こうにいる妹に向かって言った。

「ゆーがたか、夜になりそーだな。帰るときまた連絡する。んーじゃーね、はい」

 電話を切ると一郎が驚いたように此方を見ていた。芯子は、携帯を横に放ると、ベッドに上がる。洗っていないシーツはなんだかゴワついてあまり気持ちのよいものではないけれど、夕方洗って干して帰ればいい、と思った。
 一郎の上にのり、抱きつくような体勢になると、そこから伸び上がって一郎の唇に自分のそれを落とす。目を閉じて少し口を開けば、触れるだけのキスは簡単に深いものに変わった。

「ん……」

 一郎の腕が芯子を抱く。
 もらう居場所のなんと心地いいことだろうか。

「あー……そんな風に乗られるとな、キスだけじゃ収まらないんですけども……」

 一郎が少し首を持ち上げれば、広めに開いた男物の服からバッチリ見える下着をつけないままの胸の輪郭。

「収めなきゃーいーんでないの?」

 ふふん、と微笑んだ芯子は、再度一郎に口付けた。
 芯子が目を覚ますと、ベッドサイドのボードで目覚まし時計がけたたましく鳴っていた。芯子を力無く抱え込む男は、そんな騒音の中でも一切起きる気配を見せない。

「……うっせー……な……」

 一郎の腕を退けた芯子は、その身体を跨ぐようにして時計に手を伸ばし、アラームを切る。
 毛布にくるまって腕に抱かれていた時には気付かなかったけれど、冬の朝の寒さは裸の身には辛いものがある。
 起こした身体は節々が痛いし、色々なところがベタベタして気持ちが悪い。腰には久しぶりに違和感があり、芯子は、ふん、と鼻を鳴らした。

「……とりあえず……風呂!」

 勢い勇んで裸のままベッドから降りる。と、下半身、太ももに、何か、伝う感触。

「……忘れてた……」

 コンドームがなかったため、ナマでやって、ナカに出されたのだ。

「……」

 出されたことは構わないが、せめて後始末くらいしろと、後ろで寝転ける男を睨んだ。
 一人気持ちよさそうに寝やがって、揺り起こしてやろうか、とのそのそ傍に戻ると、むにゃむにゃ動く口元。

(アタシの名前でも呼んでなら、ま、許してやるかね)

 そっと耳を近付けた芯子が、呟きを聴く。

「……しん……こ」
「……ふー……ん」

 可愛いとこもある、と、少し頬を染めた芯子の耳に、続く言葉。

「はら……」
「ん?」
「へった……」
「……そりゃ、こっちのセリフだっちゅーの!」

 芯子は憤慨して叫ぶ。

(こちとら、昨日の夕方からなーんにも食ってないんだ、よ! 誰かさんのせーでっ!)

 一郎が時計にも気付かず爆睡している理由は十中八九あの運転のせいだろう。慣れないことに神経を使った上に、(奴の言葉を信じるなら)久しぶりのセックスでまさに精も根も尽き果てたのだろうことは想像するに難くない。
 けれど、だ。芯子だって、あの車内での突然の口付けに動揺していなかった訳ではない。
 思わず一郎の家まで来てピッキングして部屋の中まで入り込んだ。なかなか帰ってこない部屋の主を待っていた時、正確に言えば口付けされてから今まで、何も口にしていないのだから、一郎よりも確実に腹が減っているのだ。

「……めし……」

 あーもー!

「しょーがねーなー……」

 芯子は一郎を起こすことなく、ベッドから降りる。下に落ちていた一郎のシャツで下肢を軽く拭い、それを持って風呂場に駆け込むと、シャワーのコックを捻った。
 頭からつま先まで綺麗に洗い清めて、ナカの残骸は指を突っ込んで掻き出す。
 さっぱりとして鏡を見ると、白い肌に一つだけ赤い徴が咲いていた。
 それを指でもってなぞって、口角を上げる。

「さーて、と」

 風呂場から出た芯子は、タオルで粗方水分をとり、それをグルグル巻き付けて一郎の眠る部屋へ戻った。

「まーだ寝てんのか」

 ソイツを横目で見て、一郎のクローゼットを開ける。パンツだけはどうにもならんな、と息を吐いて、仕方ないので袋に入っていた新しい、男ものの下着を身につけた。洋服も見繕い、落ちている服を拾って再び風呂場へ。洗濯機き二人分放り込み、ガラガラ回っている間に髪を乾かす。
 腰の違和感は否めないのに、それを意識すると何故か、頬が弛むので考えないようにした。

※※※

 台所へ移動して冷蔵庫を漁る、と、年末だというのに……否、年末だからだろうか?

「……なーんもないな」

 とりあえず、米を炊飯器に任せてから、あったもので味噌汁をつくる。冷蔵庫には豆腐が一丁。半分賽の目に切って味噌汁に入れて、半分は葱をたくさん乗せて出してやればいい。
 ジャガイモ、人参、それからインゲン。

(煮物好きっつってたっけ)

 鍋にゴロゴロ具を入れて、煮込んで味をつけて、火を止め少し冷ます。

 洗い終わった洗濯物をベランダに吊すと、風が凪いで気持ちが良い。

 台所へ戻れば、炊飯器が鳴った。味噌汁に、最後の仕上げに味噌を入れて、豆腐を入れて。すると、ちょうどよく、今度は部屋でもの音がした。

(……よし)

 ガスを止めて、一郎のいる部屋へ向かう。開けたままのドアの向こうで、時計に手を伸ばす一郎の姿。

「起きたか?」

 後ろから声を掛けてやる、と、驚いたのだろう一郎が時計を取り落とした。

(ほーんとに夢だとでも思ってたのかね)

「なーに、そのカオ。風呂沸いてるから入ってきな、ひっどいカッコしてるよー?」

「ゆ、めじゃなかったのか……」

 夢なわけあるか、この違和感が、それからこの赤い徴が。

「アンタさー、時計あんだけ煩いのに、なんで起きないかね~?」

 その音に起こされて、一郎の寝言に急かされて、飯まで作った芯子が呆れたように呟いた。

「お前……か、身体、平気か……?」
「はぁ?」
「いや、……だから」
「起きたら身体中ベトベトだし、へんなトコ筋肉痛だし。立ったらなんか出てくるし誰かさんはぐーすか寝てるし? ……ま、いーけど」

 いーけど、の理由が、寝言でアタシの名前を呼んだからだとは言ってやらない。

 もういい加減腹も減った。
 くるりと一郎に向き直った芯子は、お玉を肩に担ぐと片手で一郎の胸あたりを強く押し、風呂場へ追いやる。

「とりあえず、風、呂、入、れ」

 話は、それから、だ。


 彼が起きるまでの、彼女の話。
「本当に、いいんだな?」
「アンタもしつこ、ん……」

 いい加減呆れたような声音を遮り、塞いだ口内を舐め尽くして脚を抱えると散々指で掻き回したそこに、何も着けないままの一物を宛った。
 芯子が息を詰める。

「息、抜けよ」
「かんたんに言うけど……な……ぁっ……!」

 狭く柔い内壁を掻き分けて、押し入った。何も着けていないダイレクトな感覚に、一郎は眉を寄せる。

「きっつ……いな……」
「ぃ……あ」

 なんとか根元まで押し込んだ。吐き出す息に熱が籠もる。ヤバい。気持ちいいなんてモンじゃない。

「……う、動いていい……?」
「い、ちいち、訊くな……」

 腰を引くと、肉が絡みついてくる。単調に打ち付けてからぐるりと中で回せば、芯子が秀麗な顔を快感に歪めた。
 耳、首筋、胸、脇腹、腰骨、臍下の茂みやその下の突起、至る場所に触れながら、注挿の速度を速めていく。

「ンっ、ん……っ、ん、ぅん、」
「声出してよ……」

 噤む唇が寂しくて、唇に指を入れる。抗議のために開かれたであろう歯の間にそれを噛ませれば、閉じられない口からはひっきりなしに喘ぐ声が漏れた。

「あっ、あ……や、あ……」
「かわいいなお前……」
「あっ、ぁ……あんひゃにぇ……」

 がり、強く指を噛まれて、思わず手を引く。何すんだ、とむくれてやったらこっちの台詞だと髪を引っ張られた。

「いたたたいてえよ!」
「うっさい」

 睨んで、口付けあって、もう何も言わずにただ穿つ。水音と肌のぶつかる音だけ、電気の消えた部屋に淫らに響く。
 ふいに耳鳴りのする感覚。クリトリスをグッと押し潰すと、芯子の表情が更に歪み、中も狭まった。

「あ、も、イく……ぅ!」
「一緒に……ッ」

 腰を支えて最後に強く打ちつける。

「しん、こ……!」
「っ、ぁあ、イ……」

 二人で高みへ登りつめたとき、芯子が、詰まった声でもって、噛み締めるように紡いだのは、他でもない、一郎の名前だった。

「い、ちろ……!」
「ッ……」

 放った白濁が、抜かれることなく全て芯子に注がれ、一郎は何度かゆっくりと腰を押し付ける。

 は、は、二人して荒い息を吐き出して、ベッドに沈み込んだ。

「あー……あー……」
「なーんだ、その声」
「すげ、良かった……お前は?」
「……ま、そこそこ、な」
「そこそこってなんだ、そこそこって……まあいいわ……」

 一物を引き抜いて、芯子を抱き寄せる。物凄く瞼が重い。いつの間にか足元で蟠っていた毛布達も引き寄せて、二人でくるまる。傍らの芯子が後始末をしろと五月蝿く喚くが、起きてからにしてくれ、と瞼を閉じた。

※※※

 目が覚めた。随分と、都合のいい夢を見た。目は開いたけれどあまりに身体が気だるく起き上がる気にはなれずに、何時だろう、そう思って時計に手を伸ばす。

「起きたか?」

 後ろから、するはずのない声がして、驚きで時計を取り落とす。
 声の主は、堤芯子だった。

「なーに、そのカオ。風呂沸いてるから入ってきな、ひっどいカッコしてるよー?」

 芯子はそう言うと、リビングへ消える。
 訳も分からず下を見れば、夢と同じように下穿きだけ穿いている。

「ゆ、めじゃなかったのか……」

 ヨロヨロと部屋を出ると、味噌汁のいい匂いがした。

「アンタさー、時計あんだけ煩いのに、なんで起きないかね~?」

 一郎の服を身につけた芯子が、お玉を握っている。
 これも夢だろうか。それとも。

「お前……か、身体、平気か……?」
「はぁ?」
「いや、……だから」
「起きたら身体中ベトベトだし、へんなトコ筋肉痛だし。立ったらなんか出てくるし誰かさんはぐーすか寝てるし? ……ま、いーけど」

 くるりと一郎に向き直った芯子が、お玉を肩に担いで片手で一郎の胸あたりを強く押すと風呂場へ追いやった。

「とりあえず、風、呂、入、れ」

 どうやら、朝食にありつくには身を清めなければならないらしい。
 風呂場の扉を開ければ一面鏡がある。姿見にうつる自分の格好は、確かに酷いものであった。
 ってこれ、マジでか。

 色々なものを流してさっぱりとしてリビングへ向かう。
 風呂場で悶々考えた末に出た一つの答えは、どうやら、自分が夢だと思っていたことは全て現実だったらしいということ。

「……夢じゃなかった……」

 リビングへ入ると、食卓にならぶ小鉢たち。食材がないとぶつぶついう芯子は、それでも何品目かを作っていた。料理などてんでできないように見えるのに、実際のその腕は確かだ。

「モノが少なかったからこんだけしか作ってない、よ。ホイ、食いな」
「いや、ありがとう……」

 あれが現実だったとして、後始末もせずに寝転けていたとかもう最悪だ、と溜め息を吐く。口に運んだ煮物が旨くて、情けなくなった。

「旨い……久しぶりだな、お前の料理」
「味わえ、よ」

 まるで、夫婦のそれのように穏やかな時間。けれど実際には、恋人ですらない。
 そう、恋人ですら。

 一郎は、箸を置いた。

「どーしたシングルパー」
「……堤芯子」
「なーになーにどーした」
「俺は、お前のことが、好きだ」
「……そーれで?」

 一息、吸い込む。

「芯子さん、俺と付き合って下さい」

 身体中が心臓になったように、鼓動が五月蝿い。頬杖をついて告白を聞いていた芯子は、んー、と唸ると椅子の背もたれにもたれ掛かった。

「……アンタがなんでそんなにアタシのことが好きなのかワカンナイけど……なーんか一郎さんは私が居ないと駄目みたいだしー?」

 机を挟んで、身を乗り出した芯子から手が伸びる。それがわしゃわしゃと一郎の髪をかき混ぜた。

「しょーがねーから、付き合ってやる、よっ」
「……マジ?」

 一郎が瞠目する。その様子に、芯子が息を吐いた。

「……んなことで嘘吐いてどーすんだ」
「前科があるだろお前は……」
「……あー……っと……しっかし昨日はまーさか、寝込み襲われるとは思わなかったなー……しかも、車ん中で、仕事ちゅーに?」
「!」
「ホントどんだけヨッキューフマンなんだっちゅーの」

 芯子が一郎の家に来たわけ、一郎の記憶が正しければ、あの車内でのキスの理由が知りたかったからだったはずで、詰まり……。

「おま、起きてたのか……!」
「ったり前だろー? あんな頼りない運転じゃ寝たくても寝らんなーい」
「嘘こけ、高鼾かいてたじゃねーか!」
「つーか例えあの前に寝てたとして、アタシくしゃみしたんだよ? あのタイミングで普通『起きてない』って判断しないだろ、っとに頭ん中までパーだな!」

 確かに、言われて見ればそうなのだが、一郎としては納得いかない。

「嫌なら目ぇ開ければ良かったじゃねえか……」

 少し拗ねたようにそう言って、箸を再び取った。ジャガイモの煮物をつつく。

「……だから、開けなかったじゃん」

 照れを隠すように、ふてた声音で吐き出す芯子。その言葉の意味を正しく理解して、一郎はジャガイモを取り落とした。

「……す、なおじゃねーなー……」
「……お互いサマだ、ろ」

 掛け合う言葉に温かさが滲む。
 二人の想いの繋がった、二十九日の、昼間のことであった。
「寝てる部下襲うなんて、いい度胸してるな?」


 夢だ。
 一郎は、そう確信して肩を落とした。
 自分の家に堤芯子が上がり込んでいるなんて。しかも、昼間の出来事を咎められるなんて。罪悪感が見せる夢に違いない。
 玄関を入ってすぐ、壁に寄りかかる芯子には構わず、一郎は寝室へ向かう。風呂に入るのも億劫だ。どうせ今日は仕事納め。明日は一日中寝ていたところで支障はない。

(ああ、夢なのになんでこんなこと考えてんだ俺……)

 コートと背広の上着だけ床に放り投げて、電気も付けずにベッドに倒れ込んだ。

「シカトか?」

 パチンと乾いた音がして、部屋が明るくなる。シカトか? そう問うた芯子が、ベッドの脇に立ったのが解った。

「起きな、シングルパー」

 シングルパー。芯子はいつも、一郎をそう呼ぶ。ずっと嫉妬していたのだ。同じようにシングルパーと呼ばれる新人に。だって、アイツは、名前を。

「……洋子が……いや、お前がさ」
「あ?」
「俺の名前呼んでくれんの、好きだったんだよ、俺」
「んなこときーてない」
「聞けって。そんでな、お前が俺の名前呼んでくれた後に、キスすんのが好きだった。なんかこう、俺のモンて感じがしてさー」
「だからキスしたって? 答えんなってないね」

 そうだ。答えじゃない。答えなんか簡単だ。したかったからした。
 好きだから、した。

「……アホか俺」
「……アンタ飲みすぎてんじゃないの?」
「かもなあ」

 そう、飲みすぎたかもしれない。仕事納めで金田と工藤を誘って、飲み屋でしこたま呑んだ、ような気がする。
 それすら朧気だ。飲み過ぎたのだと思った。だからこんな夢も見る。

(……夢……)

「夢なら、いえっかなー……」
「夢ぇ? 誰が、」
「俺、お前のこと好きなんだわ……」
「……」
「なあ、芯子」

 夢なら、構わないだろうか。

 一郎は、投げ出していた上半身を起こすと芯子の腕に手を伸ばして掴み、自分の方にぐっと引き寄せた。

「……キスしたい」
「……嫌だっつったら?」
「……知るか」

 腕は逃がさないように掴んだまま、もう片腕で首の裏を支えた。そのまま、背けるでも抵抗するでもない唇に自分の唇を押し付ける。
 一度、二度、三度。今度は食むように少しそれを含み、舌でもって合わせ目をそうっとこじ開ける。差し入れて歯列をなぞれば鼻に掛かった声が漏れて、鼓膜が震えた。

「ん……ンーぁ……」
「ん……」

 奥に逃げる舌を追いかけて、捕まえる。
 首を支えていた手をずらして、耳の裏を撫でてみた。少し身を捩る芯子をもっと追い詰めてみたくなる。
 掴んでいた腕を放して、代わりに本格的にベッドへ引き込み、押し倒す。再び唇を唇で舐りながらモッズコートを脱がしにかかった。腕の途中に絡ませて、動きにくくする。

「あ、んた、ね……んっ」

 息継ぎの合間に何かを言おうとする口を、塞ぐ。
 服の上から、胸に手を這わせてみる。記憶通りの大きさ。心臓の音が早まる。
 手に少し力をこめて、ゆるゆると揉む。けれどやはりそれだけでは物足りず、裾から手を差し入れて直接胸に触れる。ブラを押し上げれば、既に堅くなっていた突起にそれが擦れたのか、舐っていた口元が歪んで甘い声が聞こえた。

「はぁ……ん……」
「……好きだ」

 唇を離して、両手は胸の頂をこねながら譫言のように呟く。

「じゅ、んじょが……ゃ……逆だ、ろっ……!」

 アタシはまだ何も言っていない。そう言って眉を寄せながらも、抵抗はしない。
 爪で軽く引っ掛くと、更に甘い声が上がった。片手を芯子の頭の後ろに回し、髪を結わくゴムを解く。柔らかい髪を梳いていると、芯子が抗議するように声を上げた。

「背中痛いから……コート脱がしてほしーんだけど」
「……いいのか?」
「ヤだったらてーこーしてるっちゅーの……」

 拒否されなかったことに安堵して、コートを脱がす。それを床の上に落として、服と下着も取り払おうと手をかけた。

「待った、その前に……」
「なんだよ」
「……でんき」

 芯子がつけた電気。それを手元のリモコンで消すと、目が慣れないせいで目の前の芯子の顔すら見えない。それでもなんとか手探りで下着まで脱がせた。

「一応、ゆっとくけど」
「……」
「あー……」

 うじうじするのが嫌いな芯子が珍しく言葉を濁す。

「……早く言え」

 段々不安になってそう急かすと、漸く暗闇でも見えるようになった輪郭を俯かせてぼそぼそと言う。

「……アタシ、かれこれ二、三年……ご無沙汰なんだよ、な……」
「そりゃあ刑務所暮らしじゃあな……で?」
「だから、その……や」

 やさしく、してほしー……なー……。 
 照れ隠しのためだろうか? 自由になった両手で一郎の頬を包んで、ぎゅーっと潰す。
 あにふんどぁ、言葉にならずもごもご言って、手を外させる。そのまま、それぞれ頭の脇に縫い付けた。

「……悪いけどな、俺も誰かさんに逃げられてからご無沙汰なんでなー優しく出来るかどうかはわからん」
「……ん、ぁ」

 深く口付けて、唾液を交換する。首筋に唇を移動させて、そこに吸いついた。強く吸啜したせいで、舌が痺れる。その感覚さえ甘い。
 胸の膨らみに顔を寄せて、暗くて見えない色づきを含んで、軽く歯を立てる。

「んっ……」

 手を乳房に置いて、吸っていない側をこねたり弾いたり引っ掻いたり押し込んだりと楽しむ。唾液塗れの方にふっと息吹きかけると、身体が震えたのがわかった。
 動く度に金具が音を立てるジーンズの掛け金を外し、チャックを下ろす。

「腰、上げてくれるか」
「……はいはい」

 下肢を覆っていたものを全て取り除くと、芯子が脚を擦り合わせる。

「恥ずかしい?」
「ったり前だっつうの……あーもーやるなら早くしろっ!」

 顔を背ける様子が愛しくて仕方がない。一度は自分を騙した相手だというのに。
 遮るものがなくなったそこに指当てると、既に潤っている。少し堅くなっている突起を指に感じて、それを摘むように擦り上げると、芯子が高く鳴いた。閉じかける脚を左右に割開いて、戦慄く内腿を片手で宥めた。暫くクリトリスだけを弄ってやる。

「なん、でそこばっか……ぁあ、や、……んっ……!」

 ヌルヌルと手に纏わりついた体液を、今度は手のひら全体で塗りつける。
 芯子が息も絶え絶えになったところで、指を一本中に差し入れた。難なく入る。幾度か出し入れして、二本目。これも抵抗なく入った。
 中で指を折って内壁を擦る。脚がその都度びくびくと跳ね上がる。

「気持ちいいか?」
「う……っさ……」

 腕で顔を覆っているのか、くぐもった声が答える。打ちつけるように出し入れしてやると、中がきゅうと締まった。
 指を引き抜く。

「おー……ベトベト……」
「……は、ん……はぁ……」
「まだシャツ脱いでもねーよ俺……」

 なんだか気恥ずかしくなって、はは、と苦く笑うと、芯子が整わない息のままで起き上がり、ネクタイを引いた。無防備な身体は自然前のめりになる。ついでに強く肩を押されて、ベッドに転がった。

「うぉっ!」

 しなやかな身体が上に乗り上げ、細い指が暗い中器用にネクタイを外していく。シャツのボタンに触れるたび、鼓動の速度が増す。

「お、おい、お前」
「手ぇーベトベトにしてスイマセンねー。お詫びに脱がしてやるから、だ、ま、っ、て、な」

 言うが早いか、芯子の手がベルトに掛かり、カチャカチャ音をさせたそれは、簡単に腰から抜かれ、チャックも下ろされる。

「呑んでたっつってた割にちゃーんと勃ってんじゃん」

 芯子の媚態に首を擡げていたそれ、を、布越しに指が撫でた。

「……なんだよ」

 舐めてくれんの? 冗談めかして訊くと、芯子がくっと笑った。先ほどまで一郎の下でアンアン嬌声を上げていたとは思えない豹変ぶりだ。

「シてほしーわ、け?」

 オネガイする時はぁ、なんてゆーの? ジッと間近で見つめられて、ちゅっと唇を奪われる。

「オネガイします……」

 思わず口をついてしまった。

 芯子の指が下着に入り込み、それを少し押し下げて中の一物を取り出す。片方の手でもって竿を支えるともう片手で落ちてくる邪魔な髪を耳にかけてから、それに顔を寄せた。
 つるりとした部分に舌を当て、指はやわやわと袋を揉み、唾液をダラリと垂らして、空いた手でカリをなぞり、竿を扱く。一郎は少し腰を上げると、下着とスーツを若干下げた。
 芯子は一物をくわえ込み、舌で舐ったり吸ったり、軽く歯を当てたりと一郎を高みに誘う。
 ぐちゅぐちゅと漏れる音が、芯子の、鼻に掛かったような息遣いに混じる。
 ん……はぁ……、

「ん……一遍出しとけ」
「え?」

 油断していた。手はせわしなく動きながら、先端をぎゅう、とキツく吸われる。

「わ、お前……ッ」

 腰が浮くような感覚がして、それが抜けたかと思った時には、射精していた。芯子の口の中に。
 指で搾り取り、啜る。離れた口元からきらりと白濁の糸が引くのが見えた気がした。

「……てぃっひゅ……」
「え? あ、ティッシュ、ティッシュな! ええと……」

 慌ててちり紙を探してベッドサイドを漁るが、見つからない。

「……いーや……」

 舌足らずにそう言った芯子は、口を引き結んだ。
 ごく。

「……ぅえー……喉に引っかかる……まずー……」
「飲んだのか!」
「アンタおっそいんだもん」

 シャツはボタンをはずされただけで下肢は精を放って萎えたモノがスーツからはみ出している。対する芯子は、何も身にまとっておらず、いつも結んでいる髪も解いているせいか雰囲気が違って見える。

「……いいか?」
「ま、このまま放り出されても、な」

 合意と取れる言葉に、一郎はシャツを脱ぎ捨てた。抱き寄せてベッドに倒し、脚を抱え上げた。開いて、縫い止める。
 そのままゆっくりと、潤む場所に顔を近づけた。

「なに」

 強張った声。
 何をされるのかわかった声。昔、騙されたときもこれだけは嫌がっていた。
 汚いから、と。
 しかし、他人の一物くわえておいて、『自分は汚いから』もなにもない。

 唾液を含ませた舌で祕部を舐め、逃げようとするのを捕まえて指でそこを開いた。突起にむしゃぶりついて、唇で食む。
 芯子が嫌々と首を振る。

「や、だっ!」
「なんで」
「きたな、」
「くない」

 穴に舌を差し込んで、広げる。何度か注挿してから、代わりに指を挿入した。二本、三本。
 中を更に解しながら、一郎はふと、あれ? と首を傾げた。眉間に皺が寄る。

「あ……やべ……」
「……」

「……ゴム、ねえや……」

 買い置きするようなものでもない、恋人が出来たら買えばいい。行きずりの女とそういう関係になることなどないだろう、と、用意もしていなかった。
 行きずりの女ではないけれど、恋人でもない。そんな女とそういう関係になってしまうことだって予想外だ。

「……ナマは拙い……よな?」
「……」
「や、うん、まあこんな時も、な……あるよな……」

 ハァアア、と深く息を吐いて、すごすごと離れ、ようとしたのを引き止める手。言わずもがな、芯子だ。

「とる気、あんのか?」
「え?」
「責任。子どもがもし出来たらとる気あるのかってきーてんの」
「そりゃ、お前とは結婚まで考えたし……」
「あんの、ないの、どっち!」
「あります!」
「じゃあ、いーよ」
「……は?」
「だから、着けなくていーから」
「……っ……」

 甘い誘惑に流されかけて、しかし首を振る。責任をとるつもりは勿論あるけれども、いい大人としてそんなできちゃった結婚はどうかと思う。
 ……思う。
 芯子が、ふうん、と鼻を鳴らした。

「アタシとするのが嫌なんだ?」
「嫌なわけあるか!」
「コーカイするかもって思ってんだ?」
「違う」
「アタシも、後悔なんかしない」

 腕が伸びて、一郎の頭をそうっと掴む。

「アンタなら、イイ」

 どんな殺し文句かと、思った。
   
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