漫画・小説・演劇・ドラマ、ジャンルも媒体も男も女も関係なく、腐った可愛そうな頭の人間が雑多に書き散らすネタ帳です。 ていうかあれだ。サイトに載せる前の繋ぎみたいな。
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ハケ品@③
派遣の仕事をしている時は、カンタンテに住まわせてもらっていた。食事は、自分で作ったり、眉子ママが作ってくれたり。パエリアを作ると、大抵余ってリュートのご飯になったりして。
洗濯、掃除は自分でしていた。
スペインでは、みんなとその日暮らし。ゆったりとした時間の中で、それでも自分のことは大体自分でしていた。
一人で生きていけるだけのスキルは身につけた。誰にも頼らないで、自立しないといけないと思っていた。その為に、必死になった。
一人だって、全然構わない。生きていける。それが、何か?
それでも、春子にはいつだって『おかえり』を言ってくれる人が必ず、いた。
※※※
営業所から歩いて二十分足らずの住宅密集地。そこに、今の春子の住まいはある。十九時五十分、今日も定時の帰宅とはいかなかった。
春子は鍵穴に鍵を差し込みドアを開けると、体を滑り込ませて玄関の電気を探った。カチャン、と鍵を閉めて、チェーンも掛ける。
ひんやりした廊下を通り、リビング兼寝室の電気も点けた。
入居した時から置いてある据付の家具以外には、殆ど物のない殺風景な部屋。テレビをつける気にはならず、とりあえず手洗いうがいをして部屋着に着替えると、ベッドに沈んだ。
(ご飯……どうしようかなあ……)
簡単に出来るもの……。
適当に何か……。
(……お腹、あんまりすいてないんだ)
料理は好き。美味しいものを美味しく食べるのが好きだから、自分でも美味しいものを作れたら、と思う。誰かが食べてくれて、美味しい、と言ってくれたら、とても嬉しい。
ただそれを、自分一人のために作る気にはなれない。
カンタンテに居た時には、自分の好きな物を好きな時に好きなだけ作って食べていたような気がしていたのだけれど、考えてみれば春子一人で食べきることの出来る量だけちまちま作っていたことはなかった。
余ってしまっても誰かが食べてくれる、そう思って作った料理だった。
誰か、が必ず近くに居た。
(……私らしくもない)
別に、誰かが居る生活が酷く恋しいわけじゃない。ただ、自分は思った以上に人に依存していたのだと気付かされて、人の居ない新しい生活に少し戸惑っているだけ。
(……あの人はちゃんと食べているんだろうか)
一人暮らしは春子よりもずっと長い人。料理をするイメージはあまり、というか全然ないけれど、実際はどうだろう。やっぱり、外食か出来合いのもので済ませていそう。
春子が名古屋に来て、もう直ぐ一ヶ月が経とうとしている。その間に春子個人が東海林に出来たことなんて何もない。
何が出来るだろう。
何が出来るというのだろう。
これなら、同じ名古屋に来るのでも東海林の私生活に介入した方が良かったような気すらしてくる。そうすれば少なくとも、料理を作ってあげる位は出来た。
朝、東海林を起こして、朝ご飯を食べさせて会社へ送り出す。
お昼はお弁当を持たせて、夕飯は何がいいか考えて、作って、帰りを待つ。
帰ってきたら愚痴なんか聞きながら、沸かしたお風呂に追いやって、出て来たら一緒にご飯を食べて。
今の、仕事でもプライベートでも手助けの難しい状況とはかけ離れた暮らし。
そんな考え、来た当初は微塵もなかったのに。
ただただ、東海林が本社に戻れるような手助けを、『仕事』からサポートしたい。それしか考えていなかったのに。
(東海林武、あなたはどっちが良かった……?)
ベッドの前の小さな卓上には、携帯電話。
それを掛けることも出来ないまま、また、それが震えることもないままで、結局春子はそのまま瞳を閉じた。
※※※
春子が目を覚ますと、インターフォンが鳴っていた。時計を見れば、二十一時。こんな夜に誰だろうか。
ノロノロと体を起こした春子は、テレビをつけると携帯を片手に、インターフォンの受話器は取らずに玄関まで足を運ぶ。
玄関の電気はついているから中に人が居ることは外の小窓から見て判っているかも知れないが、こちらが小窓から覗いて、明らかな不審者であれば開けなければいい。
覗いた小窓から見えたのは。
「……土屋さん?」
一応チェーンは掛けたままで上下の鍵を開ける。これまで、土屋が隣人である春子の家に来ることはなかった。何か緊急の用事だろうか?
「はい……」
「あ、春ちゃん、俺。土屋だけどさ」
「何かご用でしょうか?」
「や、用っていうか……ええと、晩飯作ってたら、ちょっと作りすぎて……お裾分けって程もねえんだけど、良ければ食べて欲しいと思って……め、迷惑だったか?」
「……」
迷惑だ。そう言おうかと思った。けれど、作ったものをお裾分けといって持ってくるくらいだ。味には多少自信はあるのだろう。そして、この土屋とて春子よりは一人暮らしの期間は長い、と思われる。そんな土屋が、自分の食べる分以外、他人に分ける程多く作ってしまったりするだろうか? 考えられなくはないけれど、むしろ、春子の分も余分に作ったと考える方が自然な気が……否、流石に深読みし過ぎか。
何にしろ先程まで、誰かが自分の作ってくれた料理を食べてくれたら嬉しい、とそんなことを考えていた春子は、なんとなく、その好意を断ることが出来なかった。
「……少々お待ちください」
春子は、一度扉を閉めるとチェーンを外す。
再びその扉を押すと、タッパーを持った土屋の全身がよく見えた。
「これ」
「わざわざ、ありがとうございます」
渡されたタッパーウェアを受け取ると、暫しの沈黙。
土屋が、口を開いた。少しでもこの時間を延ばそうとするかのように。
「……あ、あのよぉ……春ちゃんて、此処来る前って何の仕事してたんだ?」
「は?」
突飛な質問に、春子は思わず眉をひそめて聞き返す。
「いや、だって、事務とドライバーの兼務なんて普通しないだろ?」
「私が兼務することで何か、業務に支障を来していますか?」
もし何か思うところがあれば言ってくれ、というと、土屋は首を振る。
「いや、そんな意味じゃなくて、あー…その、個人的興味っつか」
前の仕事、とは何を指すのだろうか。春子がこの名古屋営業所に来る切欠となったのは確実にS&F本社での派遣業務だけれど、まさかそれをそのまま言うつもりはなかった。
だってそれではあまりに露骨に、春子が東海林を追ってきたようではないか。それはなんだか、ムカつく。実際その通りだったとしても、だ。
しかし、春子には、東海林であれば営業マン、土屋であればドライバー、というような、この仕事、といえる仕事は特にない。
「私の持つスキルで出来得る仕事をして来ました」
「スキルって、資格か何かか?」
「はい」
そっか、と、泳ぐ土屋の視線。……他に何か言いたいことでもあるのだろうか? そうも思ったが春子は返事だけすると、一拍置いて、では、と続けた。
「……土屋さん、お裾分け、ありがとうございます」
「あ、いやどう致しまして……」
打ち切られた会話に名残惜しげに返す土屋と、これ以上続けるべき話は春子にはなかった。むしろ、職場の人間との会話であることを考えれば続いた方だろう。
「では、また明日。……おやすみなさい」
「おやすみ……」
閉じられた扉の外で小さく息をついた土屋は、頭を掻いて自分の部屋へと戻っていった。
春子は施錠して台所へ行くと、まだ暖かいタッパーを開ける。中には、仄かに湯気のたつ肉じゃが。
「肉じゃが……か」
もっと豪快な料理を作りそうなのに。意外だ。
そう思って、少し微笑う。
(……あの人は……東海林武は、何が好きなんだろう)
そういえばよく知らない。いつも焼きそばパンを筆頭に色々な惣菜パンをかじりながらパソコンに向かっているけれど。
他でちゃんと、栄養をとっているんだろうか。
温かいご飯が、恋しくならないんだろうか。
私がもし主婦のように東海林武を支えていたら、なんてそんなこと、考えても仕方ないのだろう。春子が、春子自身の意思で選んだのは、あの人が一番苦しんでいる場所であの人の支えになることだったのだから。
だから、春子は今、ぶれるわけには行かない。
ただ。
(もう少し素直になってみても)
いいかもしれない。
肉じゃがをつつきながら、そう思った。
洗濯、掃除は自分でしていた。
スペインでは、みんなとその日暮らし。ゆったりとした時間の中で、それでも自分のことは大体自分でしていた。
一人で生きていけるだけのスキルは身につけた。誰にも頼らないで、自立しないといけないと思っていた。その為に、必死になった。
一人だって、全然構わない。生きていける。それが、何か?
それでも、春子にはいつだって『おかえり』を言ってくれる人が必ず、いた。
※※※
営業所から歩いて二十分足らずの住宅密集地。そこに、今の春子の住まいはある。十九時五十分、今日も定時の帰宅とはいかなかった。
春子は鍵穴に鍵を差し込みドアを開けると、体を滑り込ませて玄関の電気を探った。カチャン、と鍵を閉めて、チェーンも掛ける。
ひんやりした廊下を通り、リビング兼寝室の電気も点けた。
入居した時から置いてある据付の家具以外には、殆ど物のない殺風景な部屋。テレビをつける気にはならず、とりあえず手洗いうがいをして部屋着に着替えると、ベッドに沈んだ。
(ご飯……どうしようかなあ……)
簡単に出来るもの……。
適当に何か……。
(……お腹、あんまりすいてないんだ)
料理は好き。美味しいものを美味しく食べるのが好きだから、自分でも美味しいものを作れたら、と思う。誰かが食べてくれて、美味しい、と言ってくれたら、とても嬉しい。
ただそれを、自分一人のために作る気にはなれない。
カンタンテに居た時には、自分の好きな物を好きな時に好きなだけ作って食べていたような気がしていたのだけれど、考えてみれば春子一人で食べきることの出来る量だけちまちま作っていたことはなかった。
余ってしまっても誰かが食べてくれる、そう思って作った料理だった。
誰か、が必ず近くに居た。
(……私らしくもない)
別に、誰かが居る生活が酷く恋しいわけじゃない。ただ、自分は思った以上に人に依存していたのだと気付かされて、人の居ない新しい生活に少し戸惑っているだけ。
(……あの人はちゃんと食べているんだろうか)
一人暮らしは春子よりもずっと長い人。料理をするイメージはあまり、というか全然ないけれど、実際はどうだろう。やっぱり、外食か出来合いのもので済ませていそう。
春子が名古屋に来て、もう直ぐ一ヶ月が経とうとしている。その間に春子個人が東海林に出来たことなんて何もない。
何が出来るだろう。
何が出来るというのだろう。
これなら、同じ名古屋に来るのでも東海林の私生活に介入した方が良かったような気すらしてくる。そうすれば少なくとも、料理を作ってあげる位は出来た。
朝、東海林を起こして、朝ご飯を食べさせて会社へ送り出す。
お昼はお弁当を持たせて、夕飯は何がいいか考えて、作って、帰りを待つ。
帰ってきたら愚痴なんか聞きながら、沸かしたお風呂に追いやって、出て来たら一緒にご飯を食べて。
今の、仕事でもプライベートでも手助けの難しい状況とはかけ離れた暮らし。
そんな考え、来た当初は微塵もなかったのに。
ただただ、東海林が本社に戻れるような手助けを、『仕事』からサポートしたい。それしか考えていなかったのに。
(東海林武、あなたはどっちが良かった……?)
ベッドの前の小さな卓上には、携帯電話。
それを掛けることも出来ないまま、また、それが震えることもないままで、結局春子はそのまま瞳を閉じた。
※※※
春子が目を覚ますと、インターフォンが鳴っていた。時計を見れば、二十一時。こんな夜に誰だろうか。
ノロノロと体を起こした春子は、テレビをつけると携帯を片手に、インターフォンの受話器は取らずに玄関まで足を運ぶ。
玄関の電気はついているから中に人が居ることは外の小窓から見て判っているかも知れないが、こちらが小窓から覗いて、明らかな不審者であれば開けなければいい。
覗いた小窓から見えたのは。
「……土屋さん?」
一応チェーンは掛けたままで上下の鍵を開ける。これまで、土屋が隣人である春子の家に来ることはなかった。何か緊急の用事だろうか?
「はい……」
「あ、春ちゃん、俺。土屋だけどさ」
「何かご用でしょうか?」
「や、用っていうか……ええと、晩飯作ってたら、ちょっと作りすぎて……お裾分けって程もねえんだけど、良ければ食べて欲しいと思って……め、迷惑だったか?」
「……」
迷惑だ。そう言おうかと思った。けれど、作ったものをお裾分けといって持ってくるくらいだ。味には多少自信はあるのだろう。そして、この土屋とて春子よりは一人暮らしの期間は長い、と思われる。そんな土屋が、自分の食べる分以外、他人に分ける程多く作ってしまったりするだろうか? 考えられなくはないけれど、むしろ、春子の分も余分に作ったと考える方が自然な気が……否、流石に深読みし過ぎか。
何にしろ先程まで、誰かが自分の作ってくれた料理を食べてくれたら嬉しい、とそんなことを考えていた春子は、なんとなく、その好意を断ることが出来なかった。
「……少々お待ちください」
春子は、一度扉を閉めるとチェーンを外す。
再びその扉を押すと、タッパーを持った土屋の全身がよく見えた。
「これ」
「わざわざ、ありがとうございます」
渡されたタッパーウェアを受け取ると、暫しの沈黙。
土屋が、口を開いた。少しでもこの時間を延ばそうとするかのように。
「……あ、あのよぉ……春ちゃんて、此処来る前って何の仕事してたんだ?」
「は?」
突飛な質問に、春子は思わず眉をひそめて聞き返す。
「いや、だって、事務とドライバーの兼務なんて普通しないだろ?」
「私が兼務することで何か、業務に支障を来していますか?」
もし何か思うところがあれば言ってくれ、というと、土屋は首を振る。
「いや、そんな意味じゃなくて、あー…その、個人的興味っつか」
前の仕事、とは何を指すのだろうか。春子がこの名古屋営業所に来る切欠となったのは確実にS&F本社での派遣業務だけれど、まさかそれをそのまま言うつもりはなかった。
だってそれではあまりに露骨に、春子が東海林を追ってきたようではないか。それはなんだか、ムカつく。実際その通りだったとしても、だ。
しかし、春子には、東海林であれば営業マン、土屋であればドライバー、というような、この仕事、といえる仕事は特にない。
「私の持つスキルで出来得る仕事をして来ました」
「スキルって、資格か何かか?」
「はい」
そっか、と、泳ぐ土屋の視線。……他に何か言いたいことでもあるのだろうか? そうも思ったが春子は返事だけすると、一拍置いて、では、と続けた。
「……土屋さん、お裾分け、ありがとうございます」
「あ、いやどう致しまして……」
打ち切られた会話に名残惜しげに返す土屋と、これ以上続けるべき話は春子にはなかった。むしろ、職場の人間との会話であることを考えれば続いた方だろう。
「では、また明日。……おやすみなさい」
「おやすみ……」
閉じられた扉の外で小さく息をついた土屋は、頭を掻いて自分の部屋へと戻っていった。
春子は施錠して台所へ行くと、まだ暖かいタッパーを開ける。中には、仄かに湯気のたつ肉じゃが。
「肉じゃが……か」
もっと豪快な料理を作りそうなのに。意外だ。
そう思って、少し微笑う。
(……あの人は……東海林武は、何が好きなんだろう)
そういえばよく知らない。いつも焼きそばパンを筆頭に色々な惣菜パンをかじりながらパソコンに向かっているけれど。
他でちゃんと、栄養をとっているんだろうか。
温かいご飯が、恋しくならないんだろうか。
私がもし主婦のように東海林武を支えていたら、なんてそんなこと、考えても仕方ないのだろう。春子が、春子自身の意思で選んだのは、あの人が一番苦しんでいる場所であの人の支えになることだったのだから。
だから、春子は今、ぶれるわけには行かない。
ただ。
(もう少し素直になってみても)
いいかもしれない。
肉じゃがをつつきながら、そう思った。
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